七五三とは

 

十一月十五日は「七五三」です。当日やその前の土日は日本各地の神社仏閣で、我が子の成長を祝おうと訪れる人たちで賑わうことでしょう。

 七五三は、男女とも三歳の時にする「髪置き」(昔、男女が三歳になったとき、髪の伸ばしはじめを祝った儀式)、男児五歳でする「袴着」(昔、幼児が初めて袴をつけたときの儀式)、女児が七歳でする「帯解き」(付け紐を取り、初めて帯を結ぶ祝いの儀式)の祝いが総括された行事です。古来我が国では、子供は七歳までは「神の子」と考えられ、一人前に見られませんでした。それに乳児死亡率が高かったので、親がようやく安心できるのは、子供が七歳になったころでした。七五三は、そういう意味で、親にとって喜びの行事です。

 私にも子供が二人いますが、今が一番可愛いと言いながらも、その成長は何よりうれしいものです。どの親も赤ん坊の成長を期待し、喜ぶ。しかしその成長は「老化現象」に他なりません。赤ん坊が成長する分、それと同じ分量だけの時間を親も子も老い、往生へと近づいていくのです。何とも皮肉なことです。

 仏教では、老いというものを、いや老いに限らず、すべての物事を「空」と考えます。一般に、赤ん坊においての老いはプラスの価値に評価され、老人の老いはマイナスに評価されますが、ということは、とりもなおさず老いそのものはプラスでもマイナスでもないのではないか。それが「空」の意味です。老いは「空」である(プラスでもマイナスでもない)のに、私たちはある時はそれをプラスに、またあるときはマイナスに評価し、区別、差別し、それにこだわり悩んでいます。そのような馬鹿げた区別、差別をやめよ、こだわるな、というのが仏教の「空」の教えです。

 昨今の日本人は、老いを毛嫌いしすぎる傾向にあります。毛嫌いするから、老いが苦になるのです。しかし中国や朝鮮半島の儒教文化圏では、老いを尊重(年長者を敬う)文化もあります。老いを嫌がらず、怖がらず「空」ととらえられるようになりたいものです。

 七五三は神社だけで行うものではありません。私たちの心のよりどころである、お寺でお祝いをしてみませんか。いつも見守っていてくださる阿弥陀様へ、そして先立って行かれた方々へ子供の成長を報告してください。法徳寺では、いつでも個別に七五三法要を執り行います。都合のよい日時を申し込みください。

 

参考文献 仏教とっておきの話 ひろさちや 新潮社

     広辞林             三省堂