歎異抄第14条〜不飲酒戒を守るべき?〜

 今の時期は、忘年会、新年会のシーズンです。皆さん多くの会に出席して、大いに盛り上がっていることでしょう。私もいくつか出席しましたが、あまり外で飲むのは好きではなく、専ら家で飲むことが多いです。また法事や葬儀において、僧侶が酒の席に着くこともよく見かけることですが、実は仏教には「不飲酒戒」があります。元来仏教において、出家、在家を問わず守るべき戒律として、「五戒」が制定されています。その五戒とは、

1、不殺生戒・・・あらゆる生きものの命を奪ってはならない。

2、不妄語戒・・・嘘をついてはならない。

3、不偸盗戒・・・盗んではならない。

4、不邪淫戒・・・みだらな交わりをしてはならない。

5、不飲酒戒・・・酒を飲んではならない。

です。

 実は、この五戒のうちのはじめの四つの戒は、お釈迦さまの当時のインドのバラモン教やジャイナ教と共通しています。すなわち、バラモン教においてもジャイナ教においても、殺さず、嘘をつかず、盗まず、淫せずと教えていました。そして第五には「所有せず」といった「無所有戒」を立てていたのです。ところが仏教に限っては、「無所有戒」の代わりに「不飲酒戒」を立てたのです。ということは、「不飲酒戒」は仏教の大きな特色だといえます。ではなぜ仏教は「不飲酒戒」を制定したのでしょうか?

それは、我々が酒を飲むことによって、怠惰になるからだそうです。それと同時に、我々が酒を飲んだとき、どうしても他の戒(殺さず、虚言せず、盗まず、淫らならず)を破る危険が大きくなります。それで仏教では「不飲酒戒」を制定したものと思われます。

歎異抄第14条には、「我々は阿弥陀さまの光にいつも照らされているため、我々が一度でも念仏を称えようと思うと直ちに、金剛石のような堅い信心をいただくので、往生できる立場にあるのだ」とあります。そして「命が尽きると、それまでの煩悩や悪がもたらした障害を転じて、真実の悟りに入らせてもらう」とあります。

これは、今まで何度も説明してきましたが、「悪いことをしても許してもらえる」のではなく、人が生きていくうえで、仕方のない悪業や煩悩があり、仏の側から見たら、誰もが皆、悪人なのだということです。そしてこのような悪人は念仏の教えにすがる他、往生への道はないと、教えています。

この阿弥陀さまの本願がないとしたら、われわれ浅ましい罪人は、どうしても生死の迷いから離れることは出来ません。我々が一生の間、称え続ける念仏は、すべて阿弥陀さまの大慈悲の恵みに、感謝するものだと思わなくてはなりません。

浄土真宗では、特に五戒を犯したとしても、罰則はありません。しかし法律に触れる行為は言語道断ですし、法に触れなくても、仏教徒として、行き過ぎた行為は避けるべきでしょう。

 

参考文献 仏教とっておきの話 ひろさちや 新潮社