阿弥陀かぶり

 

 新緑の季節もそろそろ過ぎようとしています。これからは雨が降るごとに暑さを増し、強い日差しが照りつける季節へ移りつつあります。

 さて日光には身体に有害な紫外線が含まれているそうで、どなたも皮膚の保護のため紫外線対策をしたほうが良いそうです。その中で第一に思い浮かぶのは、帽子です。帽子はよりつばの大きなものを深くかぶるのが良いようで、阿弥陀かぶりでは紫外線対策にはならないそうです。

 その「阿弥陀かぶり」当然仏教の阿弥陀様からきている言葉です。

阿弥陀如来の像の背後には、仏の身体から発せられるという、後光を表す光背がつけられています。

昔の人が編笠をかぶるとき、後頭部に極端に傾けると、背後からの光に照らされ、笠の内側の中心から放射状に走る骨組みが見えました。それを阿弥陀如来の背に見える後光に見立てて、このような呼び方がついたそうです。

阿弥陀如来が光り輝く身光をもっているのは、光の無い闇の中にある人々を哀れみ、大悲の光で人々を照らして、永遠に救い続けることを意味しています。「光の無い闇の中」とは洞窟の中などの真っ暗闇を表すのではありません。この世の世界全てを差す言葉で、煩悩に満ち満ちた我々凡夫からは、一切の真実は見えず全ては虚仮なるものであり、自分の立場や進むべき道さえもわかりません。その我々の立場は、真っ暗闇そのものであると説いたのです。その暗闇に住む我々を「慈悲」という光明で照らし、この世で救ってくださり、また臨終の際には「阿弥陀如来を信じるものはみな極楽浄土に往生させる」との誓いを与えてくださるのです。

またその光背は背中より放射状に均等に延びる線で表し、本数を48本としています。この48は阿弥陀如来が菩薩の時代にたてた48の誓願に由来します。この48願。浄土宗、浄土真宗で根本の経典とされる、「浄土三部経」の内の「仏説無量寿経」に出てきます。

それは阿弥陀如来の前身、法蔵菩薩が仏になるために誓った48の約束なのですが、詳しく話すと非常に長くなるので略しますけども、要するに「この世の人々を必ず、仏の世界に導きます」といった内容です。その我々にはとても有り難い教えの48の誓いを、永遠に私たちに約束してくださるのです。

 編笠から帽子の時代になって、後光は想像されにくくなりました。しかし、額のほうを上げて、後頭部にぐっと傾けたスタイルは、今でも阿弥陀かぶりといわれ続けています。意味も分からず「阿弥陀かぶり」と呼んでいた私は、もっと言葉の意味を研鑽する必要があると痛感しました。

ただ今の流行にしても紫外線対策にしても、「阿弥陀かぶり」でなく、額に深くかぶったほうが宜しいようです。

 

参考文献 仏教早わかり百科 主婦と生活社 ひろさちや