観世音菩薩

 

今年も早くも一年の半分が過ぎ、7月に入りました。すっかり衣替えにもなれて半袖短パンですごす事もあるほど暑い日々がつづいています。夏の季節の風物詩といえば、祭りや縁日です。79日、10日には東京の浅草寺で「ほおずき市」が行われるそうで、今年も多くの人で賑わうことでしょう。その由来は、710日が観世音菩薩の縁日に当たるそうで、この日にお参りすれば四万六千日お参りしたのと同じ功徳があるとされるそうです。これは江戸時代中期から始まった風習で、観世音菩薩を祀る各地の寺院で縁日がもたらされるようになりました。このほか京都の清水寺や、大阪の四天王寺の縁日がよく知られています。

ということで今回は7月に「縁」ある、観世音菩薩(観音菩薩)について調べてみました。

子育て観音、慈母観音、救世観音など、日本では観音さま信仰は非常に人気があります。そもそも観音さまはどうして人気があるのでしょうか?これは観音さまが菩薩であることと深い関係があります。

そもそも菩薩とは、菩提(さとり)を求めて修行する者という意味があります。したがって仏陀となる前の太子時代の釈迦も菩薩でした。しかし、たんに修行中の身というのではなく、「この世の中で苦しみ、悩んでいる人がすべて一人残らず救われるまでは、仏にならない」と、いまだ仏に成っていない状態を菩薩というのだそうです。

菩薩像は出家前の釈迦、つまりインドの貴族の姿が基本となっているため、冠、首飾り、イヤリングなどをつけて着飾っています。さらに、千手観音などはその手に、人々の身近な願いをかなえるため、さまざまな持ち物を携えています。このことから、観音さまは現世の現実的な願いをかなえてくれる慈悲の仏さまとして、人気を誇っています。

「観音経」には「もし無量百千万億の衆生があって、もろもろの苦悩を受けるに、是の観世音菩薩を聞き一心に名を称ふれば、観世音菩薩即時に是の音声を観じて皆解脱を得しむ」とあるように苦悩の叫びを耳で聞くばかりでなく、その本質を見極めて対策を講ずることから「観る」と名づけたそうです。

しかし浄土真宗では、観音さまを拝むことはありません。「観音経」を拝読することもありませんし、寺にも観音菩薩の仏像が安置されることもありません。なぜなら浄土真宗では衆生自ら仏(菩薩)に対し、自分の願い事をかなえてもらうような現世利益の祈願は、禁じられているからです。浄土真宗の絶対他力(仏さまに全てお任せする)の教えでは、祈願は欲の現れであり、煩悩であると戒められます。仏に対し救済を願うのは仏の大慈悲を信頼していない証であり、仏はもう既に我々を大慈悲で包み込んでくださっていると、とらえたいところです。

では観音菩薩は浄土真宗と無関係かというと、そうではありません。我々の根本聖典である浄土三部経の「無量寿経」と「観無量寿経」には勢至菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍として登場します。ただし上記理由から、あくまでも浄土真宗では阿弥陀如来一仏を本尊とします。同じ浄土三部経を根本聖典とする、浄土宗では阿弥陀如来の右側に観音菩薩、左側に勢至菩薩を脇侍として祀ることがあります。この場合弥陀三尊といい、この三尊に対しそれぞれお焼香をすることから3回お焼香をすることが一般的になったとの説もあります。(浄土真宗では一仏だから1回といわれる)

色々難しい説明になりましたが、浄土真宗のお宅ではこのように理解していただきたいと思います。しかし各宗派寺院にお参りに行った際には、それぞれの宗派の考え方や安置されている仏像の違いを理解し、それらに応じた拝み方をして欲しいと思います。またそれらの違いを理解することは大変有意義なことだと思います。

 

参考文献 仏教の疑問に答える 大法輪選書

     仏教早わかり百科 ひろさちや