平成18924日勤修 法徳寺秋期彼岸法要ご報告と法話内容

報告 上記期日13時30分より法徳寺本堂におきまして、秋期彼岸法要を開催しましたことをここに報告致します。当日は晴れ渡る秋空の中、例年を上回る参加者を迎え、厳粛なる儀式が執り行われました。

次第 ・ 開式 合掌

     表白 参加者及び事前読み上げ用紙送付者の読み上げ

     正信偈拝読 導師焼香

     代表役員挨拶

     副住職 伊東知幸法話      以上

 

法話内容を以下に報告します。

お彼岸 その歴史といわれ 

お彼岸とは「彼」→私の彼・・のことでなく遙か彼方のこと。

     「岸」→向こう岸のこと、この世「此岸」に対してあの世、極楽浄土のこと。

     つまりこの世の私たちが、先に「彼岸」に行かれた故人を偲び、仏教を聞かせて頂く仏道期間のこと。春、秋分の日を中日として前後3日間の計7日間。

     現代は日本のみ行われる仏教行事。

文献に残っている、最初の開催は延暦25年(806年)つまり今年は丁度1200年目、2006年は大変な記念すべき年である。

ちなみに・・京都に都が移り平安京が出来たのが794年ですから、すぐ後にお彼岸法要が行われた。法徳寺建立から500年だから歴史の深さを感じさせる。

なぜこの時期に営まれるのか?

@     春、秋分の日の時分は暑からず、寒からず極楽浄土の気候に近いだろうという思いから。

A     季節の良いこの時期は、仏道修行に最適である。(インドでは特に雨季や乾季、灼熱の時期があり修行を行うことが困難)

B     春、秋分の日は太陽が真東より出て、真西に沈む。西の彼方にあるとされる極楽を思い浮かべるのにふさわしい日である。「日想観」という修行も行われた。

C     気候も中ぐらいの丁度良さ。昼と夜の長さも同じ(中間の日)ということで仏教の根本精神である「中道(ちゅうどう)」の思想に当てはまる。(今回私が初めて発表する説)

中道とは何か

    仏教の根本思想の一つ、快楽に溺れる者は悟りを開けない。かといって極端な厳しい修行をすることも意味がない。その中間が良いとの考え。

お釈迦様が中道思想に気付かれるまでの流れ。

     釈迦族の王子として生まれたお釈迦様は、人生のむなしさを思い城を出て、修行の生活に入る。29歳の時だった。その修行は熾烈を極める。通常21日が限界とされる断食を42日間行ったりした。太陽を裸眼で見つめる、地中に埋まる、片足で一日中立つなどおおよそ修行の域を超えたものだった。

ある時農民が横を通り

「琵琶の弦 きりりと締めればぷつり切れ さりとてゆるめりゃ べろんべろん」

 と農民の間では知れた歌を聞き目覚め気づく。

「このまま苦行を続けていれば、何か得られるときが来るかも知れない。しかしそれは自分が求めているものとは違う。苦しみや欲望に耐える人間にはなるだろうが、真理や本当の心の安らぎは得られない。」

 そう考えたお釈迦様は苦行を捨て体力を取り戻すと、菩提樹の下で瞑想に入り悟りを得られる。35歳の時だった。

私たちが彼岸供養を期に中道の精神で実践すべき修行法

@     布施 金品を差し上げることではない。他人に対し自分が出来ることをしてあ

げる事。決して無理はせず募金をするとか、席を譲るなどでよい。

A     持戒 自分や他人、世間に対し良くないことを慎む。たばこを止める、環境に配慮するなど出来ることからでよい。

B     忍辱 自分に出来る些細なことを何か我慢してみる。たばこや乱れた食事、他の人に役立つ気力を持つなど。

C     精進 血のにじむ努力でなく、何か出来ることから一つずつ積み重ねる。ゆっくり確実に努力すること。

D     禅定 座禅をすることだがその修行は必要なく、禅的な生き方をすること。座禅のように何か一つに集中する。車の運転中は電話をしないなど。

E     智恵 仏教の教えを学ぶこと。法話を聞くだけでよい。なぜ学ぶべきなのかから終論につなげた。

終論  

たとえば自分の結婚相手がアメリカ人だったとする。うまくやっていくには相手の国の言葉や文化、生活を学び理解しなくてはお互いを認め合うことが出来ない。それと同じで皆さんの大事な人が仏さまになった今、仏教を学ぶことは残された皆さんの大事な努めであります。あの人に対する愛情があるならこれからも仏教を学び理解し、信じる心を養っていって欲しい。それがあの人にとっても一番嬉しいことです。

早くあの世に行ってあの人に会いたいなんて思うのは喝!です。仏さまは残された皆さんに仏教の教えを学び、そこからより充実した人生を送って欲しいとエールを送っているのです。   (法話:伊東知幸)



当日は、世話人さん、壮年会の皆様にお手伝い頂きまして、ありがとうございました。
午後1時には、お参りの方をお迎えする準備ができました。
お参りの方は、本堂は、満堂になり、接待所でもお勤めさせて頂きました。
お参り頂いた皆様、本当にありがとうございました。