春季彼岸法要 平成19年3月21日・22日 両日






お彼岸(彼岸会)は、お中日をはさんだ7日間のことをいいます。彼岸という言葉は、向こう岸という意味で、仏様の世界、極楽浄土をあらわします。また、阿弥陀様の救いにより、彼岸に到るという意味でもあります。迷いに満ちあふれた世界(此岸)から、悟りをえた世界(彼岸)へ到るということです。彼岸の世界に生まれている故人さまを偲び、私たちもまた、いつか、彼岸の世界に生まれさせて頂けることを喜ばせて頂くのが、浄土真宗のお彼岸の意義です。

彼岸会はインドや中国にはない、日本独特の法会で、1千年以上の歴史をもつ仏教週間です。昔から、ちょうど太陽が真東からのぼり、真西におちることから、西方の十万億土の地にあるとされる極楽浄土を偲んで、春秋のお彼岸にさまざまな仏教行事が勤められてきました。そのような故事にちなみ、浄土真宗でもお寺を中心にお彼岸の法要がつとめられています。「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるように、春のお彼岸は、季節の変わりめであり、気候も良い時期です。当日は、たくさんのお参りに恵まれました。

「二つの手を一つに合わす事は、二つの山を一つに合わすより難しい」という言葉を教えて頂いたことがあります。 時には、振り上げ相手を殴るこの手を、今、人間として最も美しく平和な合掌の姿に変えて下さったのは、愛しい故人さまであります。また、不思議なことに、仏様の前に座らせていただき、合掌いたしますと、気持ちが安らぎ、生きる力が与えられます。また、嫌なことがあったり、機嫌が悪い時に、無理にでも合掌いたしますと、「なんで、あんな些細なことで、腹を立ててしまったのかなとか、あんなことを言ってしまったのかなと」反省する気持ちが起るのです。そして、その悩みや迷いから解放される智慧を頂くように、私は感じております。

仏様は、向こう岸より、こちらの岸、私たちの住む娑婆世界を拝見すると、可愛そうで、ほってはおけないのです、どうにかして、助けたい、支えたい、守りたいと願われるのです。仏様は、安らかに眠っているのではなく、彼岸の世界より、いつでも、この娑婆世界に戻られるのです。そして、嬉しい時、楽しい時には、一緒に楽しみ喜んでくださるのです。仏様は、私たちを、いつも見守ってくださり、お救いくださいます、だからこそ、合掌致しますと心が安らぐのです。

先日、ある方から、教えて頂きました詩をご紹介いたします。

《二度とない人生だから》 by坂村 真民(さかむら しんみん)
二度とない人生だから
一輪の花にも
無限の愛をそそいでゆこう
一羽の鳥の声にも
無心の耳をかたむけてゆこう
二度とない人生だから
一匹のこおろぎでも
ふみころさないようこ
こころしてゆこう
どんなにかよろこぶことだろう
二度とない人生だから
一ぺんでも多く便りをしよう
返事は必ず書くことにしよう
二度とない人生だから
まず一番身近な者たちに
できるだけのことをしよう
貧しいけれど
こころ豊かに接してゆこう
二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう
二度とない人生だから
のぼる日 しずむ日
まるい月 かけてゆく月
四季それぞれの星星の光にふれて
わがこころをあらいきよめてゆこう
二度とない人生だから
戦争のない世の実現に努力し
そういう詩を一篇でも多く作ってゆこう
わたしが死んだら
あとをついでくれる若い人たちのために
この大願を書きつづけてゆこう

お互い、仏様の教えをお聞かせ頂き、仏様のお心を頂いたものは、仏様への報恩感謝の気持ちから、二度とない人生を、有り難く、大事に、丁寧に生き抜くように、導かれるのです。自分が生きていることで、何か、人の役にたつ、自分の存在が周りの人に喜びを与えている、それが出来るのが、本当の優しさであり、人として最高の人生につながるのです。 法話:伊東英幸