占いはいらない

先日私の妻は友人と東京の占いの店に行ってきたそうです。そこでは自分の将来のことや今の悩みを親身になって占ってくれるそうで、いま大変人気のあるスポットとなっているそうです。「あなたは将来何か夢をかなえる力を持っている。」などと言われたそうで、妻は浮かれ気分で帰ってきました。

また私は血液型性格占いなどは信じませんし、差別を生む要因となり嫌いなのですが、妻は友人との会話で頻繁に血液型の性格について話題にします。血液型が脳内に影響がないことは科学的に証明されていますし、もし性格の違いを意識できるなら、幼き頃から血液型性格診断を刷り込まれた思い込みにすぎません。

さてここまでの話ならよくある話なのですが、問題は私の妻が「僧侶」だということです。親の勧めで独身時代に僧侶研修課程を取得し、自らが「僧侶」になっているのです。それがどう問題かというと、浄土真宗の教えでは「現世祈祷やまじないなどをおこなわず、占いなどの迷信にたよらない」(旧浄土真宗の教章より)という決まりがあるのです。この文脈では僧侶が占いなどを「行う」ことを禁じているだけかと思うでしょうが、そうでなく僧侶、信者ともに占ってもらうこと、迷信を信じることさえも禁止しているのです。ですから僧侶である妻が占いをしてもらい信じているなんて言語道断と言えます。

 ではなぜ浄土真宗ではそれらを禁じているのでしょうか。それはまず浄土真宗の根本理念のいくつかから読み取れます。

「本願他力」・・・自らの力により仏に近づこうとするのでなく、煩悩だらけの自分には仏さまの本願(極楽浄土に成仏させる)にお任せする以外、悟りへの道はないと自覚すること。

「信心正因」・・・どんな修行でも私達凡夫がおこなえば優越感に浸ったり、悟ることができるものだと自我が目覚める。だから心から仏の教えを信じることのみが救われる道となる。

「称名報恩」・・・念仏は成仏するための行や自力の修行ではなく、自分が仏になることが約束された身になった喜びを、感謝するおこないである。

「もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて、」・・・念仏以外の行にたよったり、自力のはからいをもって念仏を称えるなどの心をなげ捨てて、(領解文より)

これら浄土真宗のキーワードに共通することは、「必ず救うと約束してくださる阿弥陀さまにすべてを任せ、他にこころを惑わされない」これはつまり「ほかの教えに心を奪われるということは阿弥陀さまを疑っている」ということになります。心の不安があるからといって、まじないや占いを信じるのなら、何を信じていいのか分からなくなります。また占い、まじないなどはだいたい楽観的なことをいうので喜びは生まれます。しかしそれを鵜呑みにして努力を怠れば間違った道を歩むことにもなります。それどころかマイノリティー(少数派)への差別を生んだり(血液型診断の問題点はこれ)、余計に不安が増大するように思えます。ですから普遍的で平等で、安心して心から信じることができる宗教が必要なのです。

私たちの浄土真宗では、誰をも平等に救うという阿弥陀さまの教えを信じれば、必ず救われるというシンプルな教えです。決して幸運がおきるなどの現世利益を説きません。でも念仏の教えは私たちが疑いなく信じた時、必ず平穏に安心して暮らすことができると思います。こういった点を踏まえて自分の真実の教えとは何かを探してみてください。

法話  八千代聖苑 伊東知幸