2009年 報恩講 

             

報恩講は、私達の浄土真宗をお開きになった親鸞聖人のご命日(旧暦11月28日)を縁として、聖人の御苦労を偲び、聖人のご恩に報いる報恩の集いです。併せて、皆様のご先祖や故人となられた方々を偲び、感謝する集いでもあります。
二日間10月9・10日の当山報恩講は、多数のご参詣を戴き、盛大にお勤めすることができました。門信徒の皆様からは、ご丁重なご墾志を頂戴し、誠に有り難うございました。今後とも法徳寺発展のため、一層のお力添えを賜りたくお願い申し上げます、略儀ながらホームページでのお礼言上ご容赦ください。向寒の砌、くれぐれもご自愛の程念じあげます。合掌 




(↓ 当日の法話)

先日、9月の連休シルバーウィークに、茨城県那珂市まで、納骨式の法事にお参りさせて頂きました。茨城県は、浄土真宗の開祖、親鸞聖人が、90年間の生涯の中で一番長くお暮らしになった土地です。親鸞さまのゆかりのお寺が、たくさんあり、茨城に行くと、私は、大変、ありがたい気持ちになります。それは、親鸞さまが、800年前に、ここで、いらっしゃったのです、そういうことを、想像してみるとうれしくなります。現在は、京都の西本願寺が中心ですが、茨城県は、浄土真宗のふるさとと言ってもいいと思います。

法事が終わった後、枕石寺さんにお参りしてきました。枕石寺(ちんせきじ)とは、変わった名前ですが、その由来は、あるとき、親鸞さまは、弟子たちと布教の途中、あたりが、暗くなってしまい、一夜の宿を求めることにしました。ところが、「仏道を修する者が雪や寒さを苦にして安楽に宿をとるとは何事か」と追い出してしまったのです。その夜、急に、気になって、家の外に出た主は、石を枕に念仏を称える聖人の姿に改心し、聖人の教えを受けて帰依したというのが始まりだそうです。

報恩謝徳
法徳寺の須弥壇(阿弥陀如来様を御安置する台)の裏に、享保三年(1718年)に、当時の住職空恵師の時に、全門徒が「報恩謝徳の為」に建立したと記述されています。ですから、約三百年前に作られたものです、その当時のお寺の経済状態からいえば、建立は決して楽ではなかったでしょう。全門徒が協力してくれて、阿弥陀如来様のはたらきにより、必ず浄土へ救われていくご恩に報い、仏様のお徳に感謝するために建立したとの記述に大変感動し、目頭が熱くなったことがあります。お寺は、その当時の方々にとって、本当の心の拠り所だったのでしょう。

浄土真宗のお寺の本堂
浄土真宗の本堂の作りは、内陣(阿弥陀様の御安置する場)よりも外陣(門信徒がお参りする場)が広くなっているのです。それは、本堂は、全門徒が一同にお参りし、仏様のお話しを聞かせていただく場であり、沢山の方がお参りされる空間が必要なのです。先日も、京都のご本山、西本願寺の大修復の模様がテレビで放映されていました。あの巨大建築は、建物ばかりが話題になっていますが、浄土真宗の権力を示したり、見栄で建てられたのではないのです。あれだけの巨大な空間が必要だったのです。あれだけのスペースがなかったら、お参りの方々を収容できなかったのです。南無阿弥陀仏一つで、浄土へ必ず生まれることが出来るという、親鸞聖人の教えに、その当時、どれだけ多くの方々が救われ、生きる支えになり、生きる力になっていたかということを、あの建築は物語っているのです。平成23年には、親鸞聖人750回忌が、京都の本願寺で行われます。法徳寺からは、1116日にみんなで行く計画を立てております。

それまでは、どうぞ、長生きしていただき、お金をためておいてください(笑)。

財布を落とした?
この前、私、財布を落としてしまって、大変、慌てました。ところが、免許の再発行が終わって、ヘトヘトになって帰ってきたら、家のソファーの間から見つかったのです(泣)。私は、今まで、何度か、忘れ物をしたり、落し物をしたりして困ったことがあります。でも、人生の忘れ物だけはないと安心しています。人生この先、何が起こるかわかりませんが、一つだけ確かなことは、必ず、この人生を卒業しなければならないということです。いくら、健康に気を付けていても、少し、先延ばしをするだけのことです。でも、それは、不幸なこととか嫌なこととは思わないでください、これは、自然なこと当たり前のことなのです。でも、どんなことは、あっても必ず、阿弥陀如来さまが、浄土へお救い下さいます。どんなに、地位や名誉やお金があっても、どんなに人生楽しく過ごしたとしても、必ず、終わりがくる、其の時に、いったい、私のいのちは、どうなるのかということを知らなければ、人生の忘れ物があるということです。今こうして、生きている間に、仏様の前に座らせていただき、必ず、浄土へ救うという阿弥陀様のみ教えを聞けたということは、大変、ありがたいご縁なのです。                  
南無阿弥陀仏