お墓に水をかける?

先月に引き続き身近な疑問シリーズです。先月はお仏壇に水を供えることは、どうなのかを話しまし
た。そこで水つながりということで、今月はお墓に水をかけることは、どういう意味があるのかを説
明します。「そんなの昔からの習慣だから」というのは簡単ですが、浄土真宗ならではの解釈がある
のです。

さてお彼岸、お盆、御命日などには、皆さんお墓参りに行くと思います。墓前にお花を供え、お線香
を焚き、最後にお水を上からかけたり、くぼんだ部分にくべたりします。皆さんおっしゃるのは「の
ど渇いたでしょう、お水を飲んでください」や「お水をかけて清めましょうね」などだと思います。
ところがそのような考えは浄土真宗ではご法度なのです。

 先月も話しましたが、故人の旅立った極楽浄土は清らかな「八功徳水」が満ち溢れた場所です。で
すから、なにもカルキの入った水を、この世でお供えしなくてもよいのです。それにまるで故人が、
のどの渇きによって命を終えたかのように聞こえる時もあります。

 次に水をかけて清めるという発想ですが、故人を幽霊や怖い存在に、見立てているように思えます
。あの大好きだった人が亡くなったとたん、穢れた存在になるなんてことは、あってはならないと思
います。故人はお浄土で仏さまになったのです。墓石の下に閉じ込められたのではありませんし、幽
霊になって、遺族を懲らしめようとしているのではありません。あの世からいつでも皆さんのもとに
舞い戻り、見守っていてくれるのです。そこはお墓でもあり仏壇でもありお寺でもあるのです。

 では浄土真宗ではお水をかけなくていいのか?いえそうではありません。お墓参りの際欠かせない
習慣のお水かけは、お墓を洗う行為だと解釈してください。なんともあっけない考えですが、先祖代
々受け継いだ墓碑をきれいに保つことは、ご先祖を大事にすることでもあります。ですから水をかけ
るだけではなく苔をとり、汚れを洗い落とすために、タオルやたわしで磨く必要もあるかもしれませ
ん。ご先祖を大事にし、いたわる気持ちを込め清掃をすると、清々しい気持になると思います。

 なぜお墓に水をかけるようになったのかを、昔先生に聞いたことがあります。その話が印象的で忘
れられない話だったので記します。

 昔、綺麗な水といえば井戸の水でした。そのまま飲める澄んだ濾過された水を、それこそ産湯から
末期の水まで、お世話になったものでした。もちろんお墓にかける水まで。大好きだった故人があの
世に旅立っていかれ、お墓参りをする際、「この世に戻ってきてほしい」「生まれ変わってきてほし
い」と思い、故人が生まれたとき産湯に使った井戸の水を、お墓にかけそのような思いを込めたそう
です。

なんとも心温まる話だと思いませんか?正直言いまして浄土真宗の考えは、少し堅苦しいと思う時も
あります。ご先祖を大事にする気持ちがあれば、どんな気持ちでお墓参りをしても、またお水をかけ
ても良いのではないかとも思います。