道心の中の衣食

まだまだ寒い日々が続きます。こう寒い日が続くと外に出るのが億劫になりがちです。その割に食欲のほうは増すばかり。その結果体内の脂肪は蓄積していって・・。なんて話をよく聞きます。少なくとも私の家族(自分を含む)はそんなことで悩んでいるのですから、困ったものです。

「人はパンのみにて生くるにあらず」という句がキリスト教の「聖書」に出てきます。これは、「ある貧しい熱心な信者が、衣食を求めず教えを求めた」という話からできた言葉で、人間にとって「欲望を満たすのではなく、精神生活がいかに大切であるか」ということを示しています。

 天台宗の開祖、最澄は聖典「伝述一心戒文」にこう記しています。

「道心の中に衣食あり 衣食の中に道心なし」

(人として正しい道を歩み、熱心に仕事【仏道】に励んでいれば、自然と衣食は事足りてくるものだ。また衣食を求めて励むことは、欲望を生み出し人生の目標を外してしまう)

と本来こんな意味があります。しかしあまり難しく考えずに家族には

「仕事に勉強に励んでいれば自然とお腹が空くものだ。食べ物のことばかり考えていると仕事にも勉強にも身が入らない」

などと要約し論じてみたいと思います。とにかく、人間は食べなければ生き続けることはできませんが、それは人間として身体を支えるための手段であって、目的ではないことを忘れてはならないのです。

 さらにこの語句を念仏の教えとしてとらえることもできます。
(私の自作)

「念仏の中に成仏あり 成仏の中に念仏なし」

(念仏を称え、その教えを熱心に聞く者は、信心がめばえ成仏が決定する。自分は仏になると決めつけている者は念仏もせず教えも聞かない)

ちょっと強引ですが、浄土真宗の他力の教えを言い当てていると思うのですが、いかがでしょうか。

成仏が人生の目的なんて人はいないでしょうが、あの世での成仏が決定していたら、いつ来るかも知れない臨終の日まで安心して暮らせるはずです。そのためにも念仏の教えに耳を傾けておく必要があるのです。「聞即信」という言葉もありますが教えを聞くことは信心に、そして安心につながるのです。まさに「聞即安」(自作)です。

最後まで読んでくださった方はぜひ、次回のニコニコ法話会、彼岸法要に参加してみてください。
参考文献 わかりやすいお経の本 花山勝友 オーエス出版)

                      善林寺 八千代別院主管 伊東知幸