般若心経を称えないわけ

日本人の誰もが知っている「般若心経」は、どのお寺でも唱えられていると思う方が多いようです。言うまでもなく浄土真宗では「正信偈」を拝読するのだと、檀家さんには何度も言ってきているのですが、いまだに「私は般若心経を毎朝唱えています」という方が後を絶ちません。浄土真宗の僧侶としては正信偈の知名度を上げたいところですが、このパソコンでも「正信偈」の変換には苦労させられています。日本最大の宗派「浄土真宗」の最重要聖典「正信偈」の認知度は、「般若心経」に比べると大変低いと言わざるをえません。ならいっそのこと浄土真宗でも「般若心経」を読んだらいいじゃない?いえいえ我々が頑なに「般若心経」を拝読しない理由があるのです。

1、戒律を守るよう説く

 「般若心経」には、様々な犯してならない決まりごと(殺生、盗み、邪淫、嘘、飲酒)を、守るように書いてあります。浄土真宗では誰もが煩悩を持ち、悪を犯さざるを得ない凡夫なのだと説き、そんな凡夫でも必ず救うという教えですから、戒律を守る守らないで往生に障りはありません。ですから戒名と呼ばず、法名というのです。

2、成仏には様々な修行が必要と説く

 「般若心経」では、仏の道を歩むには「六波羅蜜」という修行(布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧)を行うよう説きます。絶対他力である浄土真宗では、自らは修行せず全てを阿弥陀さまにお任せする教えです。修行をするということは阿弥陀さまの大慈悲を疑うことにもなり、必要ないのです。その代わり念仏をし、疑いなく教えを信じることが大事なのです。

3、厄除けとして信仰されている

 「西遊記」の中では魔物を撃退する切り札が、「般若心経」だそうです。三世紀から七世紀にかけて中国では、厄除けとしてこの経が使われていたそうです。現代の日本でも“お守り”としての「般若心経」に対する根強い信仰が残っています。浄土真宗は祈祷や占いを禁止しています。なぜかというとお経とりわけ正信偈には呪術的力はなく、仏の徳を褒め称え、感謝する意味で唱えると定めているからです。

このような理由から浄土真宗では「般若心経」を称えないのですが、私としてはあまり拒絶することはないと思っています。なぜなら、大乗仏教の基本哲学である「空」の思想についてや、あらゆる存在や現象は生滅変化するもの(諸行無常、縁起)という、仏教各宗派(浄土真宗も含む)で最も重要なことも説いているからです。逆に「正信偈」ではそれらにあまり触れていません。ですからいくら他宗のお経だからといって毛嫌いせずに、勉強のつもりで拝読、読解してみれば、仏教の新たな世界が見えてくるに違いありません。皆さんも是非、仏教全体を幅広く研鑽してみて下さい。


  善林寺 八千代別院主管 伊東知幸