降誕会・永代経

平成21年5月2日

 晴れ渡る絶好の行楽日和にもかかわらず、今年も多くの方に御参加頂きました。今回は法徳寺におけるお説教で初登場
となる、現浄土真宗本願寺派相模組長である厚木市飯山「光福寺」住職 成田大信師をお迎えして様々な事柄についてご
教授頂きました。先生に代わって伊東知幸が報告します。

「私たちは、それぞれに一本の道を歩いています。この道は引き返すこともできず、また他の道に移ることもできません。
私たちの人生という、かけがえのない一筋の道だからです。この道は時々、他に道といっしょになったり、交わったりします。
みんなとともに歩く人生だからです。」
 先生はこのような文章を読み上げ、法話を始められました。そして降誕会(親鸞聖人の誕生日を祝う法要)だということで
親鸞聖人がお生まれになったときの様子から、九歳で得度(僧侶になるときの儀式)をされたときのエピソードに話は移り、
「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」と親鸞聖人がお詠みになった有名な歌を挙げ、ご自身の座右の
銘になっていることを明らかにされました。得度式の日、何かの都合で、儀式が遅れてしまい、もう外は暗くなっていきました。
得度を執行する慈円和尚が、式は明日にしましょうと言われたのに対して、歌で親鸞聖人が応えたのです。「明日でいいや」
ではなく「今の時を大切にしたい」「今日のうちに出来ることはやってしまおう」と思い直させる歌であります。
 次に、浄土真宗特有の教えにより、日頃問題が生じることを挙げられました。一つに「戒名」ではなく「釋」(お釋迦様の釋)
ではじまる「法名」であること、それは、「戒」(仏教徒の守らなければいけない約束、不殺生戒(ふせっしょうかい) - 生き物を
殺してはいけない。
不偸盗戒(ふちゅうとうかい) - 他人のものを盗んではいけない。不邪淫戒(ふじゃいんかい) - 自分の妻(または夫)以外と
交わってはいけない。
不妄語戒(ふもうごかい) - うそをついてはいけない。不飲酒戒(ふおんじゅかい) - 酒を飲んではいけない)を守ることが出
来ず、地獄にしかいきようのない者だからこそ、必ず救うと、おはたらき下さる阿弥陀如来様の「法」(教え)にお任せする
宗派であるから法名である。また、親鸞聖人は、私には弟子は一人もいないと言われました。
それは、阿弥陀さまから見れば、皆、平等でありお弟子なのだという思想に基づくものです。僧侶も門徒も同じ阿弥陀様の
お弟子であり、救って頂く立場なのです。
 また、仏壇についてもご教授頂き、仏壇は本山の内陣と同形式であり、礼拝の対象は阿弥陀さま一仏である。
仏壇には、必ず、生花を飾ってほしい、それは、諸行無常をあらわしているのです、また、植物が水をすって、その水が室
内を丁度いい湿度を保ってくれる、そして、出来るだけ香りのよいお線香を使ってほしい、ここちよい空間は、皆、極楽浄土
を表しているのです。仏事作法は、皆、大事な意味があるのです。けっして、仏壇は、亡くなった方の家ではなく、阿弥陀様の
浄土をあらわしている、たとえ、亡くなった方がいらっしゃらなくても仏壇を入れてほしい。他にもたくさんのエピソードを、笑い
を交えお話し頂きました。
 最後に、「よく人生は、旅であるといわれます。しかし、旅であるとするなら、最後に帰り着くところが、明らかになっていなけ
ればなりません。そうでなければ、行くあてのない、「流浪の旅」になるでしょう。
では人生の旅で、最後に帰り着くところは、どこでしょうか。
このことがはっきりし、約束されていないと、どんなに楽しみの多い日々であっても、それはむなしい砂上の楼閣であり、不安
の中で、人生の旅を終えることになるでしょう。浄土真宗の教えは、人生の本当の目的を示し、帰るべきところを教えていま
す。私たちの帰るべきところ、それが阿弥陀如来のお浄土です。私どもは、決して浄土から出てきたわけではありません。
しかし、親のいるところが子供の帰るべきところですから、祖師がたも、浄土を「家郷」とか「本家」とよんでなつかしんでおられ
ます。私たちを、必ずお浄土に生まれさせようという、阿弥陀如来様のおはからいによって、お浄土を帰るべき「家郷」とよば
せていただけるのは、本当にありがたいことです。
親鸞聖人は、先立っていったお弟子を偲んで、「かねて申していたとおり、必ず浄土でお会いします」と記されています。
お浄土は、同じ念仏を申すものが、もう一度、会いまみえることのできる世界です。
「阿弥陀経」には「倶会一処」一ともにひとところで会うことができると、説かれています。お念仏のみ教えにより、限りない
「いのち」の世界が帰すべき家郷として約束されていること、そして、お浄土でふたたび、先立った人びとと会わせていただく
ことができることを、しみじみと味わせていただきましょう。と話を結ばれました。
 先生には豊富な経験と知識から、多くの事柄をお話し頂き、大変有意義な時間を過ごすことができました。
今後も機会があれば外部講師をお招きし、ご法話を頂きたいと思います。