平成21年度 秋季お彼岸法要

今年は、シルバーウィークという長い連休中のお彼岸でした。
ここで当日の法話をご紹介させていただきます。


(↓法話)
彼岸とは、向こう岸という意味です。
こちらの岸は、今、私たちが暮らす、娑婆の世界です。
浄土は、仏様の世界をあらわすお言葉です。
皆さんは、浄土があると思いますか?ないと思いますか?
ないと思う方は、なぜ、ないと思いますか?
目には、見えませんし、行ってきたという人は、聞いたことがありません。
この中で、行ったことがあるという人いますか?(笑)

それでは、明日は、あると思いますか?ないと思いますか?
勿論、明日は、あるでしょう。しかし、自分にとって、明日は、ないかもしれません。

お坊さんも「死」を考えるのは嫌なんですね。私、医者から、よく、怒られます、『心配しすぎだ、お坊さんなんだから、もっと、デントかまえておきなさい!檀家さんを救ってあげられないよ』って。

極楽浄土は、苦しみや悲しみや病気にわずらうこともない、素晴らしい世界だそうです。
でも、どんなにいい世界でも、「今から、行ってみませんか?」といわれても、遠慮しておきたいですね。
もう、少し、この娑婆の世界にいたいと思います。

阿弥陀様は、あるかどうかもわからない、行ってみたいと思えない者を、浄土へ救うと願っておられるのです。
私の方から、お願いしたわけでもない、私の方から頭も下げていないのに、あちらの方から、どうか、お念仏を称えてください、どうか、浄土へ生まれると思ってください。あちらの方からお願いしてくださるのです。

それは、どんなに、生きていたくても、どんなに、愛する方と離れたくなくても、いつ何時、どんな縁で、この娑婆の縁が尽きるか分からないのが、私たちだからです。確かに、死は、嫌なことです、でも、必ず、阿弥陀様がお救い下さるというのは、安心ですよね。そして、浄土真宗は、死んでいくのではなく、浄土へ生まれ仏様と成らせて頂くのです。

亡き方は、どうなったのでしょうか?とご心配される方がおられます。でも、それよりも、自分のいのちは、一体、どうなるのか?
ということを、はっきりするのが大事です。死を他人事にしてはいけません。
必ず、浄土へ参らせて頂けると思って、お念仏を称えてください。

人生は、よく旅に譬えられますが、安心して、旅を楽しめるのは、我が家があるからです。いつでも、「おかえり」と迎えてくれて、安心出来る我が家があるからです。浄土でも、皆さんを先立っていかれた方々や数多くの仏様が「おかえり」と迎えてくれます。
そこでは、待ってくれている方がいるのです。

仏教では、「いま このとき」を大切にします。今を幸せに生きなければ、明日の幸せはありません。
浄土を目指し、どうぞ、頂いたいのち、今、このときを大切に生きて下さい。

 (法話担当 副住職 伊東 英幸)