平成22年度 春季お彼岸法要




当日の法話をご紹介させていただきます。
(↓法話)

 お彼岸といえばお墓参り。彼岸が、近づいてまいりますと、新聞の折込チラシにお墓のチラシが
 増えてまいりますね。
 お墓参りも大事ですが、法要に参加してくださって、大変、感謝申し上げます。
 お彼岸とは、向こう岸という意味、極楽浄土を表します。浄土は、とっても良いところです。
 皆様、早く行ってみたいと思いませんか?「今夜あたり?」冗談じゃない!ですよね(笑)
 でも、いつ何度、彼岸の世界に行かなければならなくなるかわかりません。

 昔、あるおじいちゃんの七回忌法要がありました、法要の後墓前でお墓参りをする際、喪主である
 おばあちゃんが隅の方にいらっしゃるので、みんなで「おばあちゃん、こちらに来て下さい」と申しま
 すと、「いや私はここでいいんだよ」と言いますので、私が、「おばあちゃんそんなことを言わずに、
 次に入るのはおばあちゃんなんだからこちらにいらして下さい」と申したのです。
 私は、みんなで笑ってくれると思い申したのですが、お参りの方はシ〜ンとしてしまって、しかも、娘
 さんに「副住職、そんな嫌なこと言わないで下さいよ」と言われ、しまったな余計なことをいうんじゃな
 かったと口は災いのもとだと反省しました。
 
 しかし、私申しました「嫌なことじゃないですよ、順番どおりいかない、次におぼあちゃんが入るのが、
 皆さんにとって一番幸せなことじゃないですか、それとも、あなたが次入りますか?と申しますと、
 とんでもないまだ入りたくありません、やはりおばあちゃんが先の方が…」と申しまして、お互い
 笑ったのです。

 この前、何気なく、テレビを見ていましたら、高校生が、先生から、教えて頂いた、心に残る言葉と
 いうインタビューに答えていました。
 人間は、この世に生まれてくるとき、周りは、みんな笑って迎えてくれる、しかし、自分は、泣いて
 生まれてくるのです。
 この世を卒業するときは、自分は笑って、周りは、泣いてくれるような生き方をしてください。
 それが、最高の人生の締めくくりであります。
 私も、笑顔でこの世を卒業出来たら、いいな〜と思います。
 皆様は、人生の締めくくりどんな風にしたいですか。
 「死んだらおしまいだ、地獄も極楽もない」と思うのも自由です。
 でも、本当にそれでいいのでしょうか。

 ある僧侶の方の話です。
 その方は、お寺で生まれたわけではないけれども、縁あって、今、僧侶をされている、その方が、
 五十九歳でお父さんを失った時、母が、父に聞いたそうです。
 「父さん、行く先はどうかいね」
 「案じてくれるなや、お浄土へ参らせてもらうでな」
 「嬉しいな」と母が言った。
 あの落ち着いた父の声、嬉しそうな母の横顔。それが、私の心の落ち着き場になっているのです。
 安心していのち終わっていけるということは、安心して生きていけるということです。

 人は、二度死ぬといいます。
 一度目は、この世とお別れするとき、誰も、故人を思い出さなくなった時、人は、本当に死ぬのです。
 ですから、皆様、出来るだけ思い出してあげてくださいね。

 仏様の世界で出会ったら、また一緒に笑ったり、泣いたり、懐かしい思い出を語り合ったりしてくだ
 さい。 
 また、向こうにいったときに、よくお参りもしてくれたな、世のために人のために尽くしてくれた、よく
 がんばってくれたな、死んで向こうにいったときね、ほめてもらうような生き方をしたいですね。

                                     (法話 法徳寺副住職 伊東英幸)