4月の法話

”唯我独尊”


毎年4月8日、日本の多くのお寺では、お釈迦さまの誕生を祝う「灌仏会」が行われます。

(あいにく法徳寺では行っていません)

この行事では、生まれたばかりのお釈迦さまに天から龍が舞い降りて香水をかけたという

伝説にちなみ、草花で飾ったお堂に安置した釈迦像に甘茶をかけるという儀式があるため、

「花祭り」と呼ばれています。

詳しくは平成17年4月のこの法話をご覧いただきたいと思います。

今回はお釈迦さま誕生の逸話について述べてみたいと思います。

仏教の基礎を築いたお釈迦さまは、紀元前463年(紀元前565年説もある)インドとネパールの

国境近くにあったカピラバスツという場所で生まれました。シャカ族の王子であるお釈迦さまは、

生まれるや否や、だれの助けも借りることなく、東西南北の四方に向かって七歩ずつ歩いたといいます。

そして右手を上げて天を指し、左手で地を指すと「天上天下唯我独尊」(天にも地にも私ほど尊い者は

いない)と降誕宣言をしたと伝えられています。

この世の人々を救済されることの、いわば予告的な宣言であるこの言葉は、どうにも極端な解釈をして

いる人が多いようです。

橋の橋脚などに何者かが書いたいたずら書きに「天上天下唯我独尊」と書かれているのを見たときには

胸が痛みました。

ズバリ最近の仏教の解釈では前記のような訳し方をしません。

「(天上天下)すべての生きとし生きる者は、(唯我独尊)かけがえのない尊い存在で、たった一つしかない

尊い命をもっている」という風にお釈迦さまの教えを訴えている内容です。

そもそも降誕の逸話については後世の人が脚色した可能性が高く、偉大なお釈迦さまを称え神秘性を

持たせるため、奇怪な伝説を付け加えただろうと思われます。そんな中「天上天下唯我独尊」という言葉

は誤解を与えることが多く、まるでお釈迦さまは生まれながらにして偉人だと自覚していた、傲慢な人物

に思えてします。

実際の功績は、人間の苦しみについて思い悩み、王子という位を捨てて六年もの苦行の末、悟りを開か

れたのです。

教えとしてもヴァルナという身分制度(今のカースト制度)を否定し、平等を訴え続けたのです。

「人は生まれではなく、ふるまいによって尊くも卑しくもなる」(釈迦)そんなお釈迦さまが「私ほど尊いもの

はない」など言うはずがないのです。

 「花祭り」の日には大きなお寺にお参りすると、釈迦像に甘茶を注ぎ拝むことができます。

その天を指し地を指す釈迦像を見たときには、上記「最近の解釈」の方を思い出してください。


             善林寺 八千代別院主管 伊東 知幸