8月の法話

”家族葬”


 最近葬儀の依頼が多くなっています。

 「やはりこう暑いと亡くなる人も多いのですか?」などと遺族 に聞かれることもありますが、それは違います。

 医療の発達した現代、ほとんど人生の最期は病院で 迎えます。自宅や野外での不慮の死というのは、

 統計的にはごく少ないのです。幸か不幸か病院で人 生の晩年を過ごし、空調の整った病室で最期を迎える

 のですから、あまり気温の変動は関係ないので す。

 統計的には冬の寒い時期に亡くなる方がわずかに多くなります。葬儀の依頼には不思議と波があ るのです。

 私の僧侶としてのキャリアは一応15年を刻みますが、始めたころからみても明らかに増えたのが家 族葬、

 小規模な葬儀です。逆に減ったのが自宅や団地の集会所での葬儀です。

 これは近所の人間関係 が希薄になったとか様々な原因がありますが、駐車場の確保や狭い住宅事情などが

 あり当然の成り行 きともいえます。

 そして最近急速に増えているのが、葬儀社のホールを使った家族葬です。

 参列者は文字通り家族だけ か兄弟のみ、10人以下というのも珍しくありません。

 僧侶としては同じお経をあげ法話をするので すから、がっかりすることは言うまでもありません。

 「家族葬は故人の希望でして・・」と喪主はおっしゃることが多いのですが、私は遺言をそのまま受 け入れることが

 最良とは言えないと思います。

 まず生前、家族葬を願う気持ちというのは、「自分は こんなに衰えてしまった、同僚たちに見せたくない」といった

 現職の方の気持ちが多いように思えま す。

 しかし同僚や友人からしてみたら、共に働き時間を過ごした仲間の葬儀にも呼ばれないなんて、 それこそ信じられ

 ないことでしょう。また「遠い田舎の親せきや近所にも迷惑をかけたくない」など も、家族の勝手な判断と言えます。

 幼少期を共に過ごした兄弟従姉は、下手すると家族以上に深い絆 があったかもしれません。

「大人数の葬儀にはお金がかかるから」などと言うのも早合点です。

 むし ろ多くの香典をいただき、葬儀料を補てんできることが多いようです。

それでもどうしても小規模な家族葬でやりたいと言うのであっても、上記理由から親戚や友人、同僚 には告知が

 不可欠です。それも「生前の厚情には心から感謝しているが、どうか家族だけで静かに送 らせてください」と

 へりくだる姿勢を見せないと、それこそ「俺が邪魔か!」と言われかねません。

 以前、70代の父親の葬儀を友人や親戚に連絡なしに、家族葬で済ませた方がいました。

 その後親戚 、や元同僚から「なぜ呼んでくれなかったんだ!」と糾弾され困っていると相談されました。

 そこで 故人の49日の法事を、本葬と称し改めて執り行うということで解決することが出来ました。

 そんな トラブルを避けるためにも葬儀は慎重に計画して下さい。

 死というのは突然訪れるものですから準備はできませんし、したら失礼にもなります。

 またもっとも 悲しい立場の喪主が、故人の死を境に冷静に指揮を執らなくてはいけないのですから、大変なのは

 言うまでもありません。

 急にあなたが喪主を務めることになっても困らないよう、予備知識を入れてお くと良いと思います。

             善林寺 八千代別院主管 伊東 知幸