9月法話

「備えあれば憂いなし」

まだまだ暑い日が続いています。
ついに楽しい夏休みの8月も終わってしまいました。
一般的に始業式になる9月1日といえば防災の日ですね。
言うまでもなく関東大震災の起きた日です。
法徳寺ではお参りの皆さんの安全を考え4年前、本堂に耐震工事を施しました。いつ起こるかもしれない東海地震に備え、大事な本堂と皆さん方を守る為です。

さて、備えあれば〜と言えば災害事における備蓄などを思い浮かべますが、人生においても備えは必要だと思います。老後に備え貯金をたっぷりしておく・・それももちろん必要でしょう。でもそれは「老後に備え」です。
あの世への「旅立ちに備え」はどうでしょうか。あいにく、こつこつ貯めた貯金はあの世に持っていくことは出来ません。 徐々にやってくる「老い」と違って「旅立ち」はいつやってくるか予想が出来ませんから。
若い今のうちから準備をしておく必要があるのです。
若者であろうと後期高齢者であろうと、いつ人生の終わりを迎えるかは分からないのですから臨終の際、あわてず騒がず安らかに極楽に旅立っていけるように、今から仏教を学んでおきたいものです。
単に臨終の時不安にならないようにと言うのなら、さほど仏法を聞く必要性は感じないでしょう。しかし我々はいつ最後の時を迎えるか分からない不安の中、毎日を生きています。
それこそ10分後不慮の事故で・・かもしれないし、えらく長生きをして70年後かもしれません。
そんな恐らく永きにわたる人生を、あの世への恐怖、臨終の不安、仏に成るのか、幽霊になるのか、不安で恐怖に怯えた人生を送るより、「人生を終えたら先祖の暮らす浄土で仏になるぞ」と安心して、ある意味開き直って暮らしていたら、とても素晴らしいと思います。
だからこそ、お寺の法話会などに参加し、人生を終えたらどこに行くのか、あの人はどこへ行きどうしているのかを聞くうちに、きっと安心が手に入ると思います。
これは「老後に備え」というより「生命保険」に考えが近いかもしれません。自分名義の生命保険に入っても、死去の際保険料を受け取るのは残された家族など・・当たり前のことですが。
自分はさておき残した家族のために安心と感謝の気持ちを贈る。
どこかの会社の宣伝みたいですが、仏教を聞いて安心の人生を送ればストレスもなく、安心して長生きが出来るはずです。
もちろん同居の家族にも信心深い気持ちや喜びが広がるでしょう。
そしていざ臨終の際、立派な葬儀、手厚い供養をしてもらえるはずです。
葬儀後、残された家族も辛い思いをせず、安心して暮らせるはずです。
防災に日を迎えるにあったって
「人生に備えを」←(また生命保険みたいですね)してみませんか。
法徳寺のニコニコ法話会は、その翌日9月2日です。

                      善林寺 八千代別院主管 伊東知幸