二種の回向

先月は教行信証のプロローグ「序」の部分を抜粋して解説しましたが、

今回は教行信証の内容に入り「教」の冒頭の御文を紹介したいと思います。

「つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり、一つには往相、二つには

還相なり。」そもそもこの文を解説するために、長大なる教行信証の本文がある

わけで、私ごときが解説するには無理があります。

それを承知で極めて簡易に解説してみたいと思います。

 親鸞聖人が言う回向は、「阿弥陀如来がその徳を人々に施して浄土に招くこと」

といえます。他宗で言う回向とは違うことに留意してください。

浄土真宗以外での回向は一般に「自分で積み重ね修めた善行の結果を、他の

相手や仏にふりむけて与えること」ですが、浄土真宗では私達凡夫は、一切の

修行善行を積むことができないと考えますから、人間が作り出す回向はあり

得ないとします。

そのうえで一つ目の回向「往相回向」とは、「私達が阿弥陀如来に救済されて、

浄土へ往生し仏になる」ことを意味します。

つまり阿弥陀さまは自身の成就された仏徳の全てを「南無阿弥陀仏」の名号として

私達に与え、その利益によりお念仏を称える私たちは救われていく。となるわけ

です。もう難しいですね。

つまりお念仏を称える私たちは、もうすでに救われ、臨終の際には成仏が保障

されています。ということです。

 次に「還相回向」は、「浄土に生まれて仏になった者が再び現世に還り、煩悩に

迷い苦しむ衆生を救済すること」です。

注意したい点があります。“再び現世に還り”とありますが残念ながら、人間として

生き返る、ということではありません。

もちろん幽霊として戻ってくるということでもありません。

これは遠い浄土に生まれ仏になった後、阿弥陀さまと同様に現世を見つめ衆生の

救済にあたる役目につく。ということです。

現世の側からいえば、浄土に往生してしまった故人は、阿弥陀さまと同等の仏さま

として、私達に救いの手を差し伸べているということです。

「えっ、あの世に連れて行かれる」なんて勿論違います。

むしろ仏さまは「私の残した遺志を継ぎ、人生を謳歌してほしい」と願っているの

です。ですから仏さまに見守られている私たちは、安心して末長く暮らすことが

できるはずです。

 浄土真宗の回向は、現世では仏さまより頂き、来世では私達がその役割につく

ことを意味するのです。

なんとなく解っていただけたでしょうか。

善林寺 八千代聖苑 主管 伊東知幸