2011年1月法話
「初日の出」
 
新年明けましておめでとうございます。今年も法徳寺を宜しくお願いします。

この文章を書いているのは年末ですので元旦の天気は判りませんが、皆さん初日の出をご覧になられたでしょうか。

関東はこの時期晴れた日が多いとはいえ、寒気が流れ込んでいるため寒く、どんよりした日もありますから、日の出

の瞬間を見るというのは難しいでしょうか。

私の家内のようにとっくに日の出の時間を過ぎ、起きてきて「ああ初日の出だ」なんて言うのは愚かでして、ぜひ早朝、

見通しの良い場所に行き、光り輝く初日の出の瞬間を拝みたいものです。

 光り輝くと言えば、私たち浄土真宗のお経「讃仏偈(さんぶつげ)」の始めに並ぶ文を思い出します。

光(こう)顔(げん)巍巍(ぎぎ) 威(い)神(じん)無(む)極(ごく) 如(にょ)是炎(ぜえん)明(みょう) 

無与(むよ)等者(とうしゃ) 日月摩(にちがつま)尼(に) 珠光炎(しゅこうえん)耀(にょう) 皆悉(かいしつ)

隠蔽(おんぺい) 猶若聚(ゆうにゃくじゅ)墨(もく)

(光り輝く師〈阿弥陀仏の〉の顔は気高く、堂々たる風格は極まるところが無い。

その放つ光は世に優れ、他に等しい者がいない。

太陽と月の光も、清らかに澄んだ宝玉の輝きも、そのためにはみなことごとく覆い隠されて墨塊のごとくである。)

讃仏偈と言えば、法徳寺の各合同法要でもよく一緒に拝読する大事なお経です。

その冒頭は「コウゲンギーギー」という印象的な発音から始まりますから、覚えている方も多いと思います。

その始めから8行は、上記のように仏さまの輝き(慈悲)はいかに優れていて、それは太陽や月の輝きより素晴らしい
と謳っているのです。
これはただ明るいとか暖かい光とかではなく、地球上の生物に欠かせない太陽の光も大事だけれども、

「仏さまの輝き(慈悲)も皆さんの生活には欠かせないのですよ」と言いたいのだと思います。

実際には阿弥陀さまの師を誉め讃える御文なのですが、私たちにとっても亡くなった人を尊敬し、誉め讃えることは

大事なことだと思います。
今は亡きあの人を思い出すたびに、別れの悲しみをこらえるだけでなく、どうぞあの人の思い出や功績、教えてもらった

教訓などを思い出し、それを今後に生かしてもらいたいと思います。

その方が悲しみ崩れるよりよっぽど、あの世の故人は喜ぶと思います。

今年一年は涙に暮れるのではなく、明るい未来を目指し、初日の出に思いを込めていただきたいと思います。

そして仏さまの慈悲にいつでも包まれ、見守られている私たちですから、願い事をするのではなく、日頃の感謝の思いを

込めていただきたいと思います。


善林寺八千代別院主管  伊東知幸