親鸞聖人の修行

 いよいよこの4月より、待ちに待った親鸞聖人750回大遠忌が京都本願寺にて10ヶ月間の

あいだ営まれます。なにせ約10年前からポスターを貼るなどのPRがされてきましたから、

やっと来たというのが本音です。

法徳寺でも秋に団体参拝を予定しています。詳細が決まり次第HPに記しますので、参加なさ

りたい方は早めに申し込んで下さい。

それに連動してニコニコ法話会でも「親鸞聖人の生涯」と題しまして、今月より毎月話したいと

思います。

今回は私が話す予定でして、「親鸞聖人誕生から比叡山を降りるまで」という区割りです。

そこで今回のこの法話も、簡単に聖人の修行期間について話したいと思います。

9歳の春、京都の青蓮院で得度・出家された親鸞聖人は、修行のため比叡山に登りました。

比叡山は、天台宗の開祖である伝教大師が開かれた修行の道場です。

天台宗の教えは「法華経」に説かれている「この身このままで、この世で仏になること」が

目標です。それには修行に徹し、心が濁りのない清らかになるよう努力することです。

聖人はわき目もふらず修行と学問に徹しました。

ところが修行すればするほど、心の醜さや弱さが見え、今死んだらどうなるのかなど不安が大

きくなっていったのです。

こうした苦悩や疑問を抱えて長い修行を続けましたが、時が経つにつれ自力の修行によって

仏になることができない自分を自覚していきました。そのような自分でも、また修行などできな

い民衆でも仏になる道はないものかと、のちに浄土宗の開祖となる法然上人のもとへ行くた

め下山したのでした。親鸞聖人29歳のときでした。

・・・
と、簡単に書きましたが20年の間にはもちろん沢山の出来事がありました。

聖徳太子の夢告や不思議な女性との出会い。

そのたびに考えさせられことは「今のまま修行を続けることが本当に仏になる道なのか?

仏に近づいたとしても民衆を救えるのか?」といった疑問です。

比叡山の天台宗も尊い教えであろうとも、親鸞聖人は、自分より民衆を救いたかったのです。

そしてその願いに近い教えを説いていた法然の弟子となるのです。

今でも浄土真宗は「庶民の宗派」だと思います。

念仏を称えるだけ、いや阿弥陀さまを信じるだけで救われる。

これほど平易で平等な教えはないからです。

より多くの人が浄土真宗の教えを聞いて、少しでも平等で平和な世の中になればよいなと

思います。

善林寺 八千代聖苑 主管 伊東知幸