降誕会・永代経・
親鸞聖人銅像 建碑法要


    平成23年5月2日


    当日の法話の一部をご紹介いたします。↓


 親鸞聖人は、1173521日に京都でお生まれになりました。わずか、九歳で僧侶となり、天台宗の総本山比叡山に

登られました。9歳というと、小学校34年生です、両親とは死に別れ、大変な寂しさの中で、修行にはげまれました。

山を降りる決心をされる29才までの20年間は、人生とは、何なのか、何のために生きているのかという探求だったのです。

 先日、読んだ本の冒頭に、こんなお話が紹介されておりました。

ある王様が家来に「人生とは何か、まとめて教えてほしい」と指示しました。「かしこまりました」と家来は早速国中の優秀な」

学者を集めてその研究をさせました。

学者たちは、ああでもないこうでもないと研究を重ね、ついに、膨大な成果をまとめることに成功しました。

王様は、その膨大な報告書を見て、「もう少し簡単にまとめてくれないか」と命令しました。学者たちは、懸命に努力をして一冊

の本にまとめました。これで、大丈夫だと王様にお持ちすると、王様は、既に、余命いくばくかもない状態になっていました。

王様は、人生とは一言で言えばどういうことかと尋ねました。

すると、一人の学者が王様の耳元で、「人生とは、生まれて、生きて、死ぬことです」と説明しました。

王様は、大きく頷き「そうか、わかった」と言って息を引き取ったそうです。

皆さん、なんだ、「当たり前じゃないか」と思われたと思います。でも、それが、人生の真実でございます。

この中で、生まれるということは、自分の意思ではありません。そして、死ぬことも、自分の自由ではありません。

もしかしたら、この法要の後、家に帰る途中に死を迎えるかもしれません。

嫌なこと言うな!、まだ、お寺の世話にはなりたくないと思うでしょうが、これは、誰にもわかりません。

今年は、親鸞聖人の750回忌ですが、50年に一度行われる法要ですので、次回は、五十年後です。

皆様の中で、私は、50年後にも、間違いなく、生きているだろうと思い方いますか?(笑)

今、私たちは生きているのですから、これだけは、どのように生きるかは自由なのです。

そして、これからの人生を、どう生きるかが問題です。

それを、親鸞聖人にお聞きしますと、「阿弥陀様の救いを信じ、念仏を称える人生」を歩みなさいと教えてくださるのです。

私の力で、浄土へ生まれる、仏と成るということは、不可能なことです。なぜなら、お経の中には、弥勒菩薩様でさえ、

菩薩の位から仏の位になるには、修行の期間が五十六億七千万年かかるというのです。

その大変な修行を、たった、一言、お念仏を称えることで、救われるというのですから、すごいことです。

一生涯かけて、厳しい修行をしたとしても、自力では、仏になれない、浄土へ生まれることはできないのです。

親鸞聖人は、29歳のとき、それまで、20年間修行された比叡山を降りる決心をします。

それは、人間というのは、欲深い生き物、山で修行している僧侶は、国のため、人のためと修行しているが、一皮むけば、

金がほしい、名声がほしい、成り上がりたい、女性を抱きたいという欲望でがんじがらめ。

いくら、厳しい修行をしても、その欲から逃れられない、心は、綺麗にならないのです。

山を降りた、親鸞聖人は、京都の六角堂にこもられ、観音様の前でお参りを続けました。

95日目の明け方、夢の中で、聖徳太子があらわれ、京都東山吉水の法然上人に、まことの道をお尋ねになりなさいとのお告げ

を受けたのです。

親鸞聖人は、法然上人に、「お釈迦様は、たくさんのみ教えを説かれましたが、私のような愚かなものは、どの教えをよりどころ

とすればよいでしょうか?」と、自分自身の「いのち」のよりどころを尋ねられたのです。

それに対する法然上人のお答えは、「善人も悪人も、どんなに罪深いものであっても、平等にお救い下さる阿弥陀如来様の

本願を信じて、み仏の仰せのままに念仏申すことです」という一言だったといわれております。


これで、本堂での法要は、終了いたしますが、最後に、本堂正面に新しく建立されました。

親鸞聖人銅像の前で、読経を勤めたいと思います。銅像は、親鸞聖人の生まれ故郷でございます京都で作成されたものです。

皆様には、お線香をお供えし、お参りをしていただきたいと思います。親鸞聖人は、その当時としては脅威的な90歳という

長寿を全うされました。しかも、80歳を超えても沢山の書物を書かれ、元気で長生きされました。

それは、いつ、いのち終わろうとも、必ず、阿弥陀様は、お浄土へお救い下さるという絶対の安心感の中に、生きられたからでは

ないでしょうか。私たちもそのご利益をいただきたいと思い、読経を勤めさせて頂きます。