平成23年 秋季お彼岸法要

           当日の法話の一部をご紹介いたします。

(↓法話)

作家であり僧侶であります、瀬戸内寂聴さんは、今の時代、目に見えないものを信じ

ることが出来なくなったのは、とても、不幸な時代だと思いますとおっしゃっていまし

た。人生の、さまざな場面で、仏様が守ってくれたな、導いて下さったなと思える瞬間

があると思います。

その時は、自分が頑張ったからと自分の手柄にせず、仏様に感謝して頂きたいと

思います。

 自分の生死は、思い通りにはなりません。しかし、今、生きているということは、この

世に、まだ、自分の御用、役目があるということです。毎日、仏様に向かいお念仏を

称えましょう。それも、私たちの大切な御用です。亡き方もとても喜んでくれるはずで

す。供養とは、亡き方に喜んでもらうことです。それは、生きている者は、亡くなった方

の分まで生きることです。
 

 私たちには、ただいまと帰れば、おかえりと言って迎えてくれる心のふるさと、阿弥

陀様のお浄土があります。亡き方と浄土で再会されたら、そのときに、うれしかったこ

と、悲しかったことなど、土産話をして、奥さんや、旦那さん、お母さん、お父さんに、

抱きつきたかったら、抱きつけばいいのです。

お釈迦様は、人生は、苦の連続だと説いています。その苦しみからどうした救われる

のか。逃げてもダメです。物事を正しく見て、正しく考え、正しく行い、正しい心を定め

れば、苦しみは、自ずと消滅すると説かれました。これが、仏教の根本原理です。

私はこの言葉より、二つのことを学びました。一つは、「苦しみを、人のせいにしては

いけない」。あいつが悪い、こいつが悪い、先祖が悪い、方角が悪い、日が悪いなど、

それではいけません。もう一つは、「苦しみを避けようとしてはいけない」ということ

です。不幸も災難も起こらない人生などありえません。

それを、避けようとするとどうなるかといいますと、祈りが生まれます。神仏に祈る気

持ちはわかります。でも、上手くいけばいいですが、もし思い通りにならない場合、どう

なるでしょうか?祈りが足らない、信心が足らない、お布施が足らない、悪循環です。

 仏様には、お願いをするのではなく、いつも、守ってくれてありがとうとお参りするこ

とが、正しいお参りです。

 お釈迦様は、「人に優しくすることは、まさに自分にとって得なことばかりですよ」とお

っしゃっています。無理にすることはありませんが、良い行いは、良い結果をもたらし

てくれるからです。こうして、お寺にお参りすることは、亡き方のためだけではなく、自

分のためでもあり、めぐり巡って、自分に還ってくるのです。

亡き方を、かわいそうだとか、不幸だとか思わずに、自分の仕事、役目を終えられ、

この世を卒業されたのです。

いつか、私たちにもこの世の卒業がありますが、仏様の世界で、待ってくれている方

がいる、また、再会出来る方がいるというだけで、死を超えていく道が開けるのです。

それは、安心して生きていける道が開けることでもあります。

人生は、山アリ谷ありですが、辛いとき悲しいときは、お念仏を称えてみてください。

少しでも元気が出たら「いつも、見守ってくれてありがとう、心配かけてごめんね。」と

お参りして下さい。

                                   法徳寺 伊東英幸