大掃除

これを書いている年末はお寺にとって大変な時期でもあります。

なにせ一般家庭に比べ境内や室内は遥かに広く、求められる清潔の度合いも高い

のです。神聖なお寺が落ち葉だらけだったり、仏像に埃がかぶっていたらがっかりさ

れるに違いありません。よって年末の大掃除には多大な労力を必要とするのです。

と今もその疲れをほぐすためと称しパソコンに向かっているのですが・・。

ふぅ~。  と、こんな愚痴るようなことを言っていたら禅宗のお寺では僧侶失格です。

以下は浄土真宗の教えとはちょっと違う禅宗の僧侶の話ですが、時節柄たいへん勉

強になるので今回は“掃除”のお話をしましょう。

 禅宗の修行僧を“雲水(うんすい)”と呼びますが、彼らが行う日常生活の労働全般

を作(さ)務(む)と言います。

そう、お坊さんがお寺にいる時に着ている作務衣の作務です。

作務も修行で、その中でも掃除は、一番大事な修行だと考えられています。

掃除と言うと、汚れたらやることのように思うでしょうが、禅では汚れているかどうかは

関係ありません。とにかくただひたすらにゴミを拾い、埃を取り除き、雑巾をかけるの

です。

禅宗の雲水にとっては、日常の全ては行住坐臥(ぎょうじゅうざが)(行は歩くこと、

住はとどまること、坐は坐ること、臥は寝ること。

この4つで人間の動作のすべてを表す。修行僧の日常は全てが修行だということ)

です。静の修行が坐禅であり、動の修行が作務なのです。  

鏡面のように光る床は、掃除の結果得られるものです。無心で掃除が終わった時

にはじめて、空間も心もすがすがしいものに変わっていくのです。  

皆さんも雲水のように無心で、日常生活の一環として掃除をしてみたらいかがでしょう

か。しかし、年末にまとめて掃除をしていること自体が日ごろ怠けていた証(あかし)で

すね。と書いている自分も胸が痛むのですが・・。

 そしてお墓や仏壇がある方は、そこを特に綺麗に仕上げてもらいたいと思います。

ご先祖様や逝去された方を思い今年一年を振り返り掃除に没頭すれば、心もすが

すがしく新たな一年を迎えられるに違いありません。

 昨年は日本にとって大変な年でしたが、今年はより良い年になりますよう、日常

の出来ることから始める。それが掃除なのかもしれません。  

善林寺 八千代聖苑 主管 伊東知幸