2月の法話 

”聖典について”

 浄土真宗では、聖典(お経の本)は非常に大切なものです。これは僧侶だけが持つものではなく、

門徒の方一人一人が持つものです。これには、浄土真宗で朝・晩お勤めする大切なお経が載って

います。聖典はどこかにしまってしまうのでなく、朝・晩ご仏壇に向かい、お勤めを致しましょう。お勤

めを始める前は、必ず、声に出して「なんまんだぶつ」とお念仏を称え、合掌・礼拝することが大切で

す。その際、数は何回でも結構です。お勤めが終わりましたら、再度、合掌・礼拝をし終了です。

《どうして、ご仏壇にお参りするのか》

 浄土真宗の教えは、阿弥陀如来様のはたらきによって、迷いの娑婆世界を離れ、悟りの世界、苦し

みのない清らかな、阿弥陀如来様の世界である、お浄土に生まれ仏様と成らせていただくのです。

私たちは、亡き方が可哀想とか、不幸なように思いますが、それは、私たち生きている者の価値観

で考えております。実際は、亡き方が不幸なのか、生きている者が不幸なのか分からないのです。 

仏教の究極的な救いは、私が浄土に生まれ、仏様と成ることです。しかし、仏様とは、浄土に生まれ

安らかに眠っているのではなく、いつでも娑婆世界にお帰りになり、私たちを、護り支えて下さる方で

す。それは、仏様から見たら、私たちが、とても可哀想に見えるからです。それは、毎日、殺生をし、

煩悩によって、欲望は多く、争いはつきず、自分中心でしか物事をみれない私たちであるからです。

しかも、いつ何時どのような縁によって命終わってゆくかわからない。そして、命終わった先には、生

前の悪業によって、地獄にしかいきようのない、私たちがいるからです。その私たちに、「私がいつも

守っているよ、私が浄土に生まれさす」と願い呼びかけてくださっているのが仏様なのです。その仏様

の呼び声を「南無阿弥陀仏」という言葉で表しています。そこで、私たちは、朝・晩必ずお念仏・お経

を称え、阿弥陀如来様に感謝申しあげなければなりません。亡き方が一番喜ばれるのは、残された

皆様が、阿弥陀如来様の救いに出遇い浄土に生まれることを願うことなのです。つまり、私が仏様の

悟りを開くことこそ、仏様となった亡き方が願われているのです。

朝・晩のお勤めは、聖典に載っている「正信偈」「重誓偈」「讃仏偈」などを称えますが、浄土真宗では

「般若心経」は称えません。しかし、誤解しないでいただきたいのは、念仏・お経を称えるのは、故人

の霊を慰めたり、成仏させるための呪文ではなく、亡き方の人生のご苦労を偲び、今は阿弥陀如来と

共に仏様となって、私たちを救いとるはたらきして下さっていること、そして、やがては、私たちも命終

わるとき、浄土に生まれ、再会できることを喜ばせていただき、感謝させていただくためです。

これからの皆様の生活が、お念仏と共にあることが、故人が一番喜ばれるのです。

                        合掌  副住職  伊東 英幸