平成11年(1999) 12月の法話

”心の病気”

 先日、私は、青柳田鶴子先生の書かれた、子供向けの法話集『ほとけの子』という本を読ませて頂

きました。この本は子供向けなので、とても分かりやすく仏様の教えが書かれています。でも、子供

向けだから、大人には通じないのかというとそうではなく、大人の方にこそ是非読んでいただきたい

本です。私もとても勉強になりました。今月は、その本にある『心の病気』という箇所から一部引用さ

せて頂きまして、私なりに加筆させていただきました。

 

 みなさん、お風邪などひいておられませんか?

私は11月の中頃から風邪をひき、未だに完治ぜず困っております。先日などは、ご法事の読経中、

咳が止まらなくなって本当に困りました。

 病気をしたことがないという方はいらっしゃらないでしょう。私たちの体は機械ではなく、生身の存在

ですから、どんなに気を付けていても、生まれつき健康に恵まれている方でも、誰も逃れられませ

ん。逆に、元気でいられるほうが珍しいくらいなのです。

 私たちは、病気にかかると、頭が痛くなったり、熱や咳が出たりして、「ここが悪いよ」と体が教えて

くれます。そうすると、その症状に応じて、お医者様に行くか、お薬を飲むとかして治そうとします。

 私たちには、この他に『心の病気があります。この病気は、熱も出ないし、痛みもなく、自覚

症状があまりないのです。しかし、この病気はとても怖いのです。

 『心の病気』の中にも、いろいろな病気がありますが、一番多いのは、よくばり病です。

お友達の持っているものを自分も欲しくなったり、テレビで宣伝している流行の物が欲しくなったり、

ブランド品がほしくなったり、この病気が重くなると、手に入れる為に、手段を選ばず、万引きする人

もいますし、時には殺人まで犯す方もいます。

 この他にも、いろいろあります。怒り病、妬み病、自己中心病…とにかく沢山あります。なぜなら、

人間の煩悩の数だけあるからです。煩悩とは、私の心を煩わせ悩ます心の作用を言います。

毎日、ニュースで報じられている犯罪の中で、これらの病気からくるものが、大多数を占めている

ように思えてなりません。

 そして、この病気のやっかいなところは、欲しい物が手に入っても、これで完治しないのです。

また、すぐに欲しいものを手に入れたくなって病気にかかってしまうのです。怒り病も完治せず、

毎日、怒りの心を燃やしつづけているのです。

『心の病気』は人間の慢性病であり、全ての人間がかかってしまっています。

 皆さんは、ニュースで報じられる犯罪を犯した方を、特別な人、自分には関係ない人のように思わ

れますか?私は、自分がその立場にいたら同じことをしていたかもしれないと思える事件が多くあり

ます。ただ、今、自分がその境遇にいないだけではないかと、思えるのです。連日、目を背けたくなる

ような事件が起こっていますが、それらがけっして他人事とは思えないのです。

 「私たちの゛いのち″というもの゛生きる゛ということは、2面性がある」と前にある先生からお聞きし

たことがあります。

「私たちは、幼い頃から、生きるということは、尊いのだ、素晴らしいことだということはいつも聞か

されるけれども、もう一方で、生きるということの、悲しさ、罪悪性というものはあまり聞かされてい

ない」とお聞かせ頂いたことがあります。

 何よりも、私の本当の姿を知ることが大事なのです、私たちの目は外を向いていますから、人のこ

とはよく見えるのです。ところが自分の事は、意外に気づかぬものです。

 体の病気と同様、いくら気を付けていても、心の病気に直ぐにかかってしまうお互いです。でも、こ

の病気を知ることにより、この病気とうまく付き合うことは出来ます。

それは、心の病気を知っていれば、気がついたときに直ぐに治すようにしますし、よくばり病も、ほど

ほどだと、良き方向に人生が向くと思います。怒り病が出た時には、「今、自分は怒り病が出ている

な。気を付けなきゃな」と冷静になれます。

 病気を知る一番良い方法は、「なんまんだぶつ」とお念仏を称えることです。お念仏を称えることに

より、私に阿弥陀様は呼びかけて下さいます。「私はいつでも、あなたのそばにいますよ。

あなたは今、よくばり病にかかっていますよ、気を付けなさい」と私の本当の姿を知らしめ、私を良き

方向に導いて下さるのです。

                                   参考図書『ほとけの子』青柳田鶴子著 法蔵館

 法徳寺 副住職 伊東 英幸