明けまして南無阿弥陀仏 

 皆様、明けましておめでとうございます。

ある新聞社の調査で、国民に1999年を色で表現してもらったと

ころ、「孤独」「不安」の象徴である「灰色」がトップだったそうです。

また、世相をあらわす漢字は「末」だそうです。

確かに、テレビ・新聞等を目にすれば、連日のように目をそむけたく

なるような事件が多い年でした。

まさかの連続に心重い年でありました。近頃では、まさかがまたかに

代わってきましたが、正に、「世も末」の感じがします。 一方1年先に

迫った21世紀のイメージについては「水色」だそうです。

「青」「白」は、自由・未来・平和を象徴する色だそうです。これは、

21世紀への期待感からだそうですが、本当に「水色」だったらイイナ

……。

さて、皆さんにとって、今年一年どんな年になるか、何事も分かりま

せんが、確かなことは、良い年になるのも悪い年になるのも、お互い

の行ない次第だということです。

 私の願いとしては、今年一年、無病息災でいきたいものです。

まあ、風邪くらいならしょうがないと思いますが、命にかかわる大病

や事故等は誰でも避けたいものです。しかし、私たちの体は機械で

はなく、生身の存在ですから、どんなに気を付けていても、生まれつ

き健康に恵まれている方でも、思い通りにはいかないものです。

身勝手なお願い 

今年もお正月には、お寺やお宮に数多くの方が、お参りされることで

しょう。

今年は特に、2000年のスタートということで、大変多くなる予想だそ

うです。 その多くの方は「家内安全」といっては、自分の家のものだ

けはケガも病気もしませんようにとお願いしたり、「今年こそは良い

事がありますように」とか、「商売が繁盛しますように」とお願いする

方が多いと思います。

中には「勉強しなくても良い成績がとれますように」「試験に合格しま

すように」「宝くじが当たりますように」などと、勝手なお願いをする人

もあるかもしれません。しかし、どこへ行っても、こんなお願いをきい

て下さる神様・仏様はいらっしゃらないと思います。

ありがとうございます 

私は、仏様にお参りするときは、「南無阿弥陀仏〜仏様ありがとうご

ざいます」という思いでお礼をすることにしています。なぜかと言うと、

私が「良いことがありますように」と願うより前に、仏様が先に、すべ

てのものに、「本当の幸せ」を願っていて下さるからです。 仏様は、

私のすべてを「見てござる・聞いてござる・知ってござる」今更、私か

らお願いすることは何もありません、お礼だけです。

人生には三つの坂がある

「人生には、三つの坂がある。上り坂、下り坂、まさか」私のよく口に

する言葉です。

私は、出来れば、楽や得だけをほしいと思っています。いつでも人生

は、右肩上がりの上り坂でありたいと思いますが、必ず下り坂もある

し、いくら気を付けていても、突然のまさかに突き落とされる場面もあ

ることでしょう。それは、誰にもどうにもならないし分からないことで

す。しかし、よくよく考えてみると苦と楽、損と得とは紙の裏表のよう

なもので離れることはないようです。

 現在の厳しい辛い時代だからこそ、思わぬ人の親切や、優しさが

嬉しく感じることがあります。

人間の暖かさを感じ「日本も捨てたものではないな」と感じることもあ

ります。  

毎日、楽な生活をしていると、それが当たり前になってしまって、ちっ

とも楽しくなくなってしまうようです。そこには、感謝の気持ちなどあり

ません。損をし苦しみを味わってこそ、得や楽しさが分かるということ

もあります。 辛く苦しい出来事から、人生の大切なことを学び、そし

て、人に優しくなれたという方もいるのです。損したと思ったことが、

後から得だったということもあるし、苦しみが楽しみにもなるし、わか

りません。ですから、仏さまは、そういう身勝手なお願いをお聞きに

ならないのです。

私は、すべて仏様のおはからいに任せて生きることにしています。  

私は、仏様には、身勝手なお願いをするのではなく、仏様は、自分

の力を尽くさねば成らないことを教えて下さると思います。また、自分

の都合の良いことばかりを求めている自分の心を見つめさせて下さ

います。 修正会 浄土真宗では、新年の法要を修正会というそうで

す。私は、最初どういう意味かわからなかったのですが、、青柳田鶴

子先生のご著作である「ほとけの子」(法蔵館)を読みまして初めて

分かりました。 『月や星にロケットを飛ばすとき、軌道修正といって、

舵を正しくとりなおしますが、これと同じように修正会も、私というロケ

ットが正しく仏様の国に向かうように軌道修正する日なのです。

一年を振り返り、私たちの生き方が間違っていなかったか、正しくお

浄土に向かっているのか、舵を取りなおすのです。』なるほどそうい

う意味でした。仏さまの教えに照らし、生き方の舵を取りなおす日で

ありました。

有ること難し

 ご承知でしょうが、「ありがとう」は「有る事が難しい」ということで

す。「ありがとう」と思うことは、私たちの周りには沢山ありますが、気

が付かないことが多いのです。何一つ、当たり前のことは世の中に

ありません。私の命もそうです、たとえ健康であっても、事故や天災

等で命をおとす危険性に、常にさらされているのがこの私の姿で

す。  しかし、私たちは、事故や病気で急に死ぬようなことがあって

も、お浄土という阿弥陀様の世界に生まれていくことが約束されて

いるのです。そこは、今よりももっと明るい、争いのない、素晴らしい

世界です。だから安心なのです。死んでからが安心なので、生きてい

る今も心が安らかに暮らせます。ただ、食べて生きているだけを目

的にしていると、本当の安らかさ、本当の幸せを感じることができな

いでしょう。

阿弥陀様のおはたらき

先日頂いた、私の大変尊敬する和上様からのお手紙に、『私は、外

には、何もありませんが、ただ一つ、「お浄土へ参らせて頂く」という

「たのしみ」を持たして、頂いております。大切に。』とありました。

私には、お浄土参りという楽しみがあるのです。しかし、どんなに素

晴らしい世界でも、急ぎ浄土へは行きたいとも思えない、愚かな私で

あります。しかし、そのような者だからこそ、ほってはおけないとはた

らいて下さるのが阿弥陀様のおはたらきなのです。その阿弥陀如来

のはたらきに出会うことこそ、本当の幸せなのです。つまり、死んで

も崩れない絶対の幸せなのです。

阿弥陀様にお参りする時は、「南無阿弥陀仏〜ありがとうございま

す」とお礼を申しましょう。

 法徳寺 副住職 伊東 英幸