臨死体験? 

昨年の暮れ、あるご門徒さんのご葬儀にお参りさせていただきまし

た。その方は、昨年の10月にお勤めした報恩講にもお参りして下さ

ったので、突然のことで大変びっくりいたしました。

また、本人のご意志によりご遺体は献体をご希望されておりました。

  ※献体とは、医学解剖用などの為に、死後、自分の遺体を提供することです。

 お通夜に、家族の方にお聞きしますと、以前から心臓の持病を患

っておられ、過去、倒れられたこともあり、覚悟はしていたとのことで

ありました。そんな話しをお聞きしていましたら、以前、お盆のお参り

に伺った時のことを思い出しました。

その日、お盆のお勤めが終わり、お茶を頂いていますと、ご主人が

「私は、臨死体験をしたことがあります、その時、本当に明るい花畑

が見えて、素晴らしい世界でしたよ。お浄土は本当にあるんですね」

と言われまして、びっくりしました。私は、「まさかそんなことあるわけ

ないでしょう、夢をみられたのではないですか」と思ったのですが、

冗談をおっしゃるような方ではないので、反論もせず「そうですか、

そうですか」と返事はするものの、私はそんな話しは、ぜんぜん信じ

ていませんでした。

 もう数年前の出来事ですが、私はなぜか忘れることが出来ずにい

たのです。奥様も「確かにそんな話しをした時がありましたね」と

おっしゃって、続けて、私は「ご主人は、前から献体を考えておられ

たのですか?」とお聞きしますと、「ええ、以前から心臓に持病があり

ましたし、いつ死ぬか分からないと自分で覚悟していましたから、

10年前くらいから献体を決めていたのです」とおっしゃっいました。

 その晩、寺に帰ってきてからその事を考えていましたら、ハッと思

ったのです。それは、私は知りませんでしたが、以前から、その方に

とって、死は身近な存在だったということです。臨死体験のことは、

私には分かりませんが、少なくとも、その方は、自分の死というもの

を意識し、お浄土を信じていたんだなと思ったのです。死や阿弥陀様

や浄土のことを考えたこともない方が、私に「お浄土は本当にあるん

ですね」とおっしゃるはずがありません。その方は、阿弥陀様を信じ

ておられたのだなと思ったのです。

そして、もう一つ私が感じたのは、その当時、はたして自分の問題と

して、浄土を受け止めていただろうか?ということです。

以前にも書かせていただきましたが、私の恩師に「お浄土が本当に

あるのでしょうか」とお尋ねした際、「おまえは死なないのか?」と

逆に尋ねられ、「それは死ぬと思います」「思いますじゃない、必ず

なのだ。おまえ死んだらどこへ行くのだ」と言われ、初めてお浄土

が、自分の問題になりました。

他人事であれば、お浄土があろうがなかろうが、どっちだっていいの

です。

 先日「他人に起こる事は、自分にも起こる」と言う言葉にハっとさせ

られました。私は、臨死体験のことはよく分かりませんが、その方か

ら、お話しをお聞きしたときの私は、死や浄土へ阿弥陀様が、自分

の問題になっていなかったように思い、反省させられる思いがしまし

た。 その方のおかれていた立場を考えると、お浄土が、本当に自

分の問題になっていたからこそ、臨死体験?をされたのではないか

とも思えるのです、今では、もう少し詳しく聞いておけばよかったと

思い少々残念に思ったことでありました。

 法徳寺 副住職 伊東 英幸