カリスマ美容師

最近、カリスマという言葉が流行語になっていますね。プロ中のプロ

で超人的な存在の方を指して、カリスマ・・・という呼び方をしているよ

うですが、中でも、カリスマ美容師という言葉はよく耳にします。

最近では、カリスマ美容師を紹介する番組をよく目にします。人気の

ある美容師さんにやってもらうには、今予約しても、何ヶ月待ちは

ざらだそうで、しかも、値段も高いのでしょう、それでも、予約は

後を絶たないといいます。

そういえば、私が勝手にお呼びしているのですが、カリスマ僧侶?、

カリスマ布教使?、そういう存在の方もおられます。その方が法話を

されると聞けば、どこでも出かけていく、そんなおっかけの方がいま

す。実は、私もある方のおっかけをしています。

 私は、特別、身だしなみに気を使いませんが、髪が伸びるのが速

いようで、三週間に一度は、美容院に行きます。私はいつも行く店は

決まっていて、子供のお友達のお父さんがやっているお店に行くこと

にしています。その方とは、子供の話しや趣味の話しなど共通な話

題が多いため、髪を切ってもらっている間も退屈しません。

 そして、常連ですから、私が席に座りますと、あちらの方から、

「いつものでいいですか?」という具合に楽なのです。美容師さんが、

私の髪型を分かってくれているんですね。だから、私も安心して任せ

られ、いちいち注文をしなくてよいわけです。当然ながら、私は、ただ

座っているだけで何も手だしをしません。そのまま、眠っていようが、

しゃべっていようが、「終わりましたよ」の一言で、「ありがとうござい

ます」しか言うことがないのです。それが、私のいつものパターンな

のです。

ところが、先日、いつものお店が臨時休業で、どうしても、違うお店に

行かなければならないことがありました。その時は、慣れないお店で

気を使うし、いちいち注文しなきゃいけないしとても面倒な思いをした

ので、やはり、いつものお店が一番だなと思いました。私にとって

は、そのお友達がカリスマ美容師さんと言ったところなのです。

さて、いつもの美容師さんが、私が言わずとも、「いつもの髪型です

ね」と言って仕上げて下さるように、阿弥陀様も私が、お願いする前

に、既に浄土へ救う方法を仕上げて下さっておりましたという話しが

浄土真宗なのです。

お経の中には、このように説かれています。『阿弥陀如来は、法蔵菩

薩という修行者でおられた時、数多くの仏の国をご覧になり、その中

でも一番の素晴らしい仏国土を建立し、全ての者を、この仏国土に

迎えたい。それを実現するためならば、どんな厳しい修行にも耐え、

決して後悔はしない。

もし、それが実現出来なければ、私は阿弥陀如来とは名のらない』と

お誓い下さいました。

その法蔵菩薩は、既に、私の生まれる前、はるか昔に、その誓願を

成し遂げ阿弥陀如来と名のっていらっしゃるのです。

このことはつまり、私は、お浄土に救われることが決まったということ

です。

しかし、せっかく、浄土へ救われる身になっているのに、それを知ら

なければ何にもなりません。

阿弥陀様は、それを知られる為に、約2500年前のインドにお釈迦

様という人間の姿でこの世で出現され、自らの救いを説かれたので

した。

法蔵菩薩は、五劫という永い永い時間考えました、そして悩まれまし

た。何をか?

どうしたら、全ての者を、浄土に救えるかそれだけを、ただひたすら

考えて下さったのです。これは、大変なご苦労です、どのくらい大変

なのか、私には分かりませんが、五劫という時間の単位は想像を絶

する時間なのです。しかし、ここで大事なことは、五劫という大袈裟と

も思える時間がかかったのは、法蔵菩薩に能力がないのではないの

です。それほど、人間を救うことが法蔵菩薩にとって重大であり、尚

且つ、人間が救われがたい存在であることを意味するのです。

まあ、詳しいことは後日に致しますが、とにかく、法蔵菩薩は、人間

の欲・おろかさ・ずるさ・醜さ、煩悩に満ち満ちた姿をご覧になって、

頭を抱えてしまったと思います。しかし、諦めることはなかったので

す。その結果、人間の力に頼るのではなく、法蔵菩薩が人間に代わ

って、浄土に生まれる為の修行をし、その功徳を南無阿弥陀仏の言

葉に込めて、自ら人間の心に入りこみ、人間に南無阿弥陀仏を称え

させる。そして、南無阿弥陀仏の言葉を聞いた人間が、阿弥陀仏の

救いを知らされ、「ありがとうございます」と仏の心を頂く、この方法な

らば、どのような人間でも実践出来る。こうして、法蔵菩薩は自らの

誓いを実現し、阿弥陀仏へと成られたのです。

つまり、南無阿弥陀仏とは、私が「阿弥陀様、頼んまっせ、任せたで

〜」と言う言葉でもなく、「阿弥陀様、助けて!」という言葉でもありま

せん。阿弥陀様の方から「おまえを助けたぞ!」と言っている言葉な

のです。それを聞いたら「ありがとうございます」しかないわけです。

ところが、「ありがとうございます」という思いがなかなかわいてこない

のです。その原因は、私の煩悩の深さゆえです。

しかし、南無阿弥陀仏と称えて、気持ちが悪くなる方がいるでしょう」

か、ましてや、「仏様、助けてください」という意味ではなく、阿弥陀如

来の方から、「おまえを既に救いの中に収めているよ」という意味で

す。その言葉を聞いて、嫌な思いをされるでしょうか。誰に対しても、

心を開かせる、安心出来るはたらきが、南無阿弥陀仏の中にあるの

です。

どの職業でも同じでしょうが、美容師さんも、いつも勉強し続けなけ

ればいけないのでしょう。

人それぞれにあった髪型があり、時代にあった流行の髪型があるか

らです。

法蔵菩薩も、どのような人々にも、どのような時代の人々にも、すべ

ての者を浄土へ救いとる法を考えてくださったのです。救いのプロの

阿弥陀仏が、「任せろ救う」と呼びかけて下さっております。

その呼びかけに「はい」と頷き、「ありがとうございます」と思いがわき

あがった時、既に、私は浄土に救われる身になったということなので

す。それには、まず、以上のような「ナモアミダブツ」のいわれを念頭

に置いて、「南无阿弥陀仏」を称えることから始めてみてください。 

そして、一生をかけて「南无阿弥陀仏」に親しんでいきましょう。

お願いのお念佛≠ナはなくて、感謝のお念佛≠ネのですから。

 法徳寺 副住職 伊東 英幸