浄土変じて天国となる

先日、知人の葬儀に出席しました。その方は、本願寺派の門徒で、

東京のあるご住職が導師を勤められました。故人は某国立大学の

名誉教授であったため、その大学の学長さんと、某私立大学の学

長さんが参列され、それぞれ立派な弔辞をいただきました。お二人

の深い学識と教養は、参列者の耳をそばだてるに十分なものでし

た。ただ、お二人共、「天国で安らかに」という言葉で話を閉じられ

たのが気になりました。全体から察するところクリスチャンの方とは

思われません。

人は亡くなれば天国へ行くといのは、今や日本人の常識のようにな

っています。私は、近年、弔辞で浄土や極楽という言葉を聞いたこと

がありません。「天国で安らかにお眠りください」とか「天国の星と

なって私たちを見守って下さい」とかが殆どです。先年、hideの葬儀

が築地本願寺で行なわれ、話題になりました。hideへのメッセージ

帳は70冊を超えたと聞きました。その中には「天国」という言葉が

溢れているそうです。

日本はいつからキリスト教国になったのでしょう。平成7年の宗教統

計によれば、キリスト教系信者は、我が国人口の0.7%に過ぎませ

ん。これは昔からあまり変動がないのです。数ある有名ミッションス

クールでの布教活動にもかかわらず、数字ではこんなものです。

でも、国民的行事であるクリスマスや、キリスト教会でも結婚式の盛

況ぶりをみると、仏教は完全に無視されているのです。特に私が大

問題と思うのは、浄土変じて天国となっている現状です。大宗派

である浄土真宗や浄土宗はこれでよしとするのでしょうか。これは、

「読み替えと思えば良い」と度量の大きいところを見せる問題ではな

いのです。必ず往生させていただくお浄土、究極の目的を失っては

宗派の名前に「浄土」をつけておくのはおかしいではありませんか。

日本歴史上、一向一揆や本願寺教団は大きな足跡を残しました。真

実を貫くには、怒ることを忘れてはいけません。「浄土」の回復のた

めに、お念仏の声が巷に響き渡るよう、私自身の努力不足を

反省し、布教活動に微力ながらも全力を尽くさねば、申し訳ないと思

っております。

合  掌  

法徳寺 住職 伊東 英俊