"そんな殺生な"

今年も暑い季節になりました。子供たちは夏休みに入り、海へ山へ出

かけて行くことでしょう。

こう暑くなると活動的になるのは、なにも人間だけではありません。

動物、中でも昆虫たちは子孫を未来に残そうと必死に餌を探したり、

鳴いたりしています。その昆虫たちの中でも毎年私たちを悩ませる

厄介者がいます。私たちの身近にいる蚊は間違いなく嫌われ者です。

彼等は卵を生むための栄養を得るために、我々哺乳類の体液を吸い

に今夜も家屋に侵入してきます。少しくらいの血なら、ただであげたっ

ていいのです。しかし彼等は通称、カイカイ薬を塗っていきます。

そのかゆみを喜ぶ人はおらず、大抵の人はそのにっくき敵、蚊を見つ

けると、必死になって殺そうとします。もちろん僧侶である私も殺生を

実行するのです。

前置きが長くなりましたが、今回は殺生について考えてみたいと思い

ます。皆さん殺生をしたことがありますか?

私は前述の通り毎日のように殺生をしています。恐らく皆さんも何回も

いや何万回も殺しをしていることでしょう。私たちは生きていくために

食物を口にしなくてはなりません。そして、その食物は殆どが生きてい

たもの、つまり動物や植物です。また蚊や蜂などから自分の身を守る

ために、殺すことも致し方ありません。

ところがお釈迦さまは「五戒」(在家信者の守るべき五種の戒め)の

最初に「不殺生」(生き物を殺さない)と説いています。

皆様も恐らく仏教やその他の宗教で生き物を殺してはならないと、

説いている事をご存知のことでしょう。生きていく為だから仕方がない。

そう締めくくらず今回は少し深く考えてみましょう。

 私の知り合いのある50代の住職はこのあいだ、自分の腕に蚊がつ

いているのに「私は無駄な殺生はしない」と言ってその蚊を逃がしてや

りました。たしかに仏教では殺生は禁じられているけれど、私はおかし

いなと思いました。自分はかゆみに耐えられるからいいだろうけど、生

まれたばかりの子供がおびただしい数の蚊に襲われていたりしたら、

その住職はどうしていたでしょうか。恐らく