お盆の由来  副住職 伊東知幸

 

暑中お見舞い申しあげます。

今年もお盆が近づいてまいりました。毎年お盆には、『法徳寺だより』で特集号として発行

してまいりました。今回も例外ではなくお盆にまつわるお話を綴りたいと思います。今回に

限っては、私、法徳寺の次男坊、知幸が筆記致します。不慣れなもので、読みにくい点も

ございましょうが、宜しくお願いします。

はじめに “盆と正月が一緒にきたような忙しさ”という言い方があります。お盆と正月は、

1年間の生活の区切りであり、年間の二大行事ということが、これからもわかります。

お盆や正月の時期になると、よく“民族の大移動”という言葉が新聞やテレビにあらわれ

ます。地方から都会に出てきた人達が、それぞれの故郷に戻り、家族や親戚、友人たち

と出会い、情を温め、故郷の自然に浸って、心の洗濯をする時期になっています。お盆は

もともと仏教の行事ですが、今では民族的な行事で、その時期『お中元、暑中見舞い』の

習慣があることも、日本人がお盆を大切にしていることの表れではないでしょうか。

お盆の由来〜インド発祥説〜

まずはお盆の由来を、大変分かりやすい資料が手に入りましたので、ご説明します。

今から二千四百年ほど前、お釈迦さまが仏教の教えを説いておられた頃のインドでは、

毎年7月15日、ウランバナとよばれる、先祖の魂をまつる、仏教の行事がありました。古

代のインドでは多くのご先祖が、逆さに吊るされたり、火あぶりにされる、苦しみの世界に

落ちると考えられていたようです。それらの先祖を救う為、お盆が営まれるようになった、

という考え方があり、このウランバナが、仏教とともに、中国を経て、日本へ伝わってきた

のです。そうです、そのウラバンナを音写(漢字にあてる)すると“盂蘭盆会”、これが、つ

まり“お盆”のことです。

そのウランバナで読経されていたという、“盂蘭盆経”(浄土真宗では読まれることはない)

には、次のように説かれています。お釈迦さまの弟子の中で、神通力(何事も見通す力)

第一といわれた目連尊者が、その力で、亡き母の姿を見たところ、餓鬼(食べることも、

飲むことも出来ず、飢えに苦しむ世界)の世界に落ちていましたが、自分の力では救うこ

とが出来ません。そこで、お釈迦さまの教えにより、7月15日、多くの僧を招き、供物を供

え、供養したところ、たちどころに、母親は救われたということから、地獄や餓鬼の世界に

落ちた先祖を救うために、お盆が営まれるようになったというのです。

お盆の由来〜日本発祥説〜

ところが、日本には、大昔から、自然や動物、物などの魂と同じように、ご先祖を大切に

し、死者の霊をまつる風習があり、冬の寒い時期と、夏の暑い時期には、たまだな(霊

棚、精霊棚ともいう)をもうけ、死者や先祖の霊をまつる、たま祭りが永く行われてきまし

た。冬のお祭りが「正月」で、夏のお祭りが「お盆」です。ご先祖さまを迎える時に使った容

器を、昔の言葉で“ボニ”と呼んで、それがなまって“お盆”となったようです。このことか

ら、お盆が起こった考え方もあります。ですから、浄土真宗以外のご家庭で、お盆のとき

に飾る、盆棚は、日本古来の風習によるものだと言えます。

いろいろな考え方がありますが、インド発祥の考えと日本の風習が、仏教伝来で合わさっ

て、お盆の風習が出来たと思われます。

七夕祭り

7月7日の夜、牽牛星と織女星の二星が、天の川を渡って出会うのを祭る行事です。一

年にたった一度、二人が出会うこの日には、小学生の頃、短冊を吊るし、お願い事をしま

した。この国民的行事といっていい、七夕の日は、“7日盆”といって、お盆と深い関係の

ある日です。ササ竹をつかって飾る、七夕の飾りつけは、盆棚からきているそうです。そし

て、土地によっては、7月7日に、お墓を掃除し、お花を飾り、お盆の準備を始めるところ

が、多いようです。

お盆って7月?8月?

国民的行事として確固たる地位にある、お盆。でも“民族の大移動”が行われるのは8月

ですし、上記の由来によると7月が正しいような・・。

ずばり言って、日本にはお盆が三回あります。7月のお盆は古来の旧暦から、新暦(太陽

暦)【日本では明治6年から採用】に改めた、7月13〜15日【七月盆】です。8月は、本来

旧暦(陰暦、太陰暦ともいう)では8月21〜23日【旧盆】ですが、7月(新暦)の月遅れと

いう考え方から、一般には8月13〜15日【月遅れ盆】になります。法徳寺周辺は【月遅れ

盆】が一般的ですが、ある特定の地方出身のご家庭は、【七月盆】や【旧盆】を行うことも

あります。また東京都内、横浜などは【七月盆】が定着しております。

これは、明治6年に新暦の使用が奨励されてから、旧暦のまま変更しなかった地域と、新

暦に改めた地域が混在しているということです。さらに言うと新暦に改めるということは、

季節を40日ほど早めることになり、農繁期と重なった地域があり、7月、8月お盆の差異

が、生じたようです。この地域性はとても興味深いと思います。

浄土真宗のお盆はなぜあっさり?

「浄土真宗のお盆は、あっさりしてますね」と言われた事があります。つまり、ご先祖のた

めの特別な施設をこしらえたり、迎え火・送り火などの特別な儀式のようなものを、執り行

なわないことを指しているのでしょう。

結論から申しますと、盆棚や迎え火、送り火は、我々浄土真宗では一切用意する必要は

ありません。これらについて法徳寺としても相談も多いことですので、簡単に説明します。

盆棚はご先祖の『霊魂』が帰ってくる場所で、いわば臨時の増築仏壇です。地方によって

は、そこにお供えする供物に工夫が凝らされます。例えばきゅうりやナスに割り箸のよう

なものを四本指しこみ、これを足にして馬や牛に見たてるところもあります。これは、亡き

人やご先祖の乗り物です。迎え火・送り火は、こうして移動する先祖の『霊魂』の交通標識

と見ればいいでしょう。送り火の大規模なのが、京都の大文字焼きです。このように、お

盆が先祖の一時帰省と考えるのは、上記の“お盆日本発祥説”に記述のとおり、わが国

固有の民族信仰にもとづいたもので、仏教本来の教えとは、かなり異質なものです。

え!『霊』って仏教じゃないの?

多くの宗教体系は、独立した実体としての霊魂の存在を認めており、教えの基本としてい

ます。しかし浄土真宗はもとより、仏教は本来、無我説(何事にもとらわれないこと)の立

場から霊肉二元論に立ちません。つまり我々が命終えたら「霊」や「魂」になるのではな

く、我々自身が、お浄土に往生し、仏になると考えます。もちろん、少なくとも浄土真宗の

経典には、「霊」や「魂」の字は出てきません。ですから、霊魂が肉体や家や特定の“器”

に取り付いたり、離れたりするという考えとは、およそなじみません。つまり、お盆という仏

教行事に、故人の送り迎えや盆棚などの『特別席』の設置というのは、そもそも、仏教とそ

ぐわないのです。

お盆の心

餓鬼道に落ちていた目連尊者のお母さんが、天上界に生まれ変わったという『盂蘭盆経』

に基づいて、営まれるのが盂蘭盆会です。餓鬼道で苦しまねばならぬほど、子育てという

ものは厳しいものかと思うにつけ、こうしてお育て頂いた亡き肉親のご恩を、偲ばずにお

られないのが、お盆の心だといえましょう。

そういうご恩を思い、お内仏にお供えして、家族一同そろってお念仏し、お寺の法要にお

参りするのが、なによりです。

参考・引用図書

まんがどうして物語 『お盆』 国際情報社

門徒物知り帳 仏教文化研究会編

『法徳寺だより』より