春の七草粥

今回は正月ということで、また歎異抄の話しはお休みし、正月にまつわ

るお話しをしたいと思います。

春の七草を入れて炊いた粥を「七草粥」といい、正月二日に食べる習俗

があります。万病を除くといわれています。何と何を持って七草とする

かは、時代によって異なりますが、現在は
「芹、なずな、ははこぐさ、

はこべ、たびらこ、かぶ、だいこん」と選定されているようです。

全てを思い浮かべることは困難ですが、それぞれ特徴的な形と味を持っ

ていると思います。これらを入れた粥を食べて、今年も一年健康に暮ら

したいものです。


 さて、浄土真宗では拝読することはありませんが「法華経」にはこん

な話が説かれています。

 「この世には様々な草木がある。色や形が違い、名前も異なる。そん

な草木の上に暗雲が現れて、一時に、至るところに雨を降らせる。イン

ドの雨季の雨を想像して欲しい。本当に激しい雨がザァーっと降ってく

る。

 さて、地上の草木は、大きな草木は大きな草木なりに、中くらいの草

木は中ぐらいの草木なりに、小さな草木は小さな草木なりに、それぞれ

降り注ぐ雨水を受けて成長する。そして、花を咲かせ、実を実らせる。

同じ土地に同じ雨を受けて、草木はそれぞれ異なって成長する。」

 仏陀の説く教えは一相・一味である。それを聞いて人々は、能力に応

じ、環境に応じ、それぞれの相違のままに仏陀の教えを受け入れ、しか

もそれぞれの悟りを得ることが出来る。「法華経」ではそういっていま

す。

 我々の拝読する「阿弥陀経」にも「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 

白色白光」といった言葉があります。

「極楽浄土には七宝の池があり、大きな蓮華が咲いている。その蓮華は

青・黄色・赤・白さまざまな色があり、青い色の蓮華は青く光り、赤いも

のは赤く、白いものは白く光っている。」なんだ当たり前だと思うでし

ょうが、その当たり前が極楽世界、即ち仏の国の世界だそうです。

 この世の世界はその当たり前通りになっているでしょうか。植物、動

物、人間にはそれぞれの立場に応じた役目があります。雑草には雑草の

、大根には大根の役目があり、はたまた秀才の子にはその子なりに、怠

け者にはその子なりに生きる道があり役目があります。そしてそれぞれ

精一杯生きていてそれぞれは優劣なんか無く、皆それぞれに素晴らしい

のです。生きているだけで十分素晴らしい。それが仏教の平等心だと思

います。

 春の七草。味、形はそれぞれですが、それぞれに応じた役目があり、

優劣も付けられなければ、甲乙もつけることも出来ません。そしてどれ

か一つが欠けても、味気ないものになります。この世に生きとし生ける

生物、どれが欠けても素晴らしい世の中には成らないのではないでしょ

うか。