元旦生まれ一休禅師

法徳寺副住職 伊東知幸

 

皆さん明けましておめでとうございます。今年も法徳寺をなにとぞよろしくお願

いします。今年初めの更新はやはり正月にちなんだものにしたいのですが、

「浄土真宗のお正月の過ごしかた」は、昨年掲載しましたのでご興味のある方

はそちらもご覧下さい。

さて正月と仏教に関する逸話を調べたところ、あの一休さんは元旦生まれだと

いうことを知りました。今回は一休さんに由来するお話をしたいと思います。

一休宗純禅師といえば室町中期の臨済宗の僧です。いやそんないかめしい

呼称より一休さんと呼んだほうがぴったりでしょう。一休さんは明徳5年

(1394)年正月一日京都に生まれたといいます。一休さんの青年期の面白お

かしいエピソードはアニメなどで広く知られるところですが、成人になっても数

多くの格言を残しているようです。私が特に印象に残るお話は以下の内容で

す。

一休禅師は、ある時信者の一人から、「和尚さま、家の宝にしたいと思います

ので、何かめでたい言葉を書いてくださいませんでしょうか」と頼まれました。

「喜んで書きましょう」と気軽に引き受けた一休さん、さらさらと、『親死 子死 

孫死』と達筆に書いて渡しました。それを見た信者は、かんかんに怒って、「私

は、何かめでたい言葉と言ってお願いしたのに、死・死・死とは何事ですか」と

怒りをぶちまけ、まさにその紙をやぶり捨てようとした時、一休禅師は静かに、

「ほほう、それでは何か、お前のところでは、『孫死 子死 親死』の方がめで

たいのかな」と言ったということです。順番どおりに死ぬということは当然のよう

で、とても難しいことのようです。私も多くの葬儀を勤めますがなかなか順番ど

おりにはいかないようです。私は一休禅師が本当に言いたかったことは、順番

どおりに死ななかった家族が一概に不幸とは限らない。ただ順番どおりという

ことは、それぞれが長生きをして仏より頂いた命を、まっとうしたということだか

らめでたいのだと言いたかったと思います。そして「死」が不幸の象徴と思いこ

んでいる信者に「喝」を入れたのだと思います。諸行無常の言葉どおり、生ま

れたものは必ずいつか死ぬ。この事実を不幸なことと決めつけず、この世に

生まれてきた以上、必ず死を迎える時が来るのだと言いたかったのでしょう。

それは自分や家族がいつ死ぬか、ということばかり気にしていては 一日だっ

て安心して生きていけない。ということも言いたかったのではないでしょうか。

正月早々、辛い「事実」の話でしたが、どなたさまの心にも当てはまるお話だっ

たと思います。