平成19年度 新盆・お盆法要

平成19年8月15日、16日、当山法徳寺において新盆、お盆法要が行われました。
 当日は、各地で記録的な猛暑日でしたが、たくさんのお参りの方に、お参り頂きました。
また、世話人、壮年会の方々には二日間に渡り、お手伝い頂き、ありがとうございました。









                              当日の、法話を一部、ご紹介させて頂きます。 

 皆様は、同じように愛する方を亡くされ、同じように、深い悲しみに会われた方々ばかりであります。皆様は、この深い悲しみのはてに、今、どのようなお気持ちで、毎日、お過ごしになられておられますでしょうか。
毎日、悲しみに立ち向かっている方もいらっしゃるでしょう。また、逃げ出したい、信じたくない、受け入れたくない、そのような思いの方もいらっしゃるでしょう。どうかそれらの思いのすべてを胸にして、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と念仏を称えてみて下さい。念仏を称えることで、亡き方は、安らぎ、喜んでくださいます。そして、また、称える私たちも、心が安まり、生きる力が沸いてくるのです。それが、仏様が見守って下さる御利益です。浄土真宗は、悲しみのはてに、希望があるのです。必ず、亡き方は、阿弥陀様のおはたらきにより、お浄土へ導かれます。そして、仏様となり、皆様を救ってくださるのです。

 仏教で申します幸せな人とは、いたずらに生老病死を恐れることなく、自分の能力をフルにいかし、人のためにつくせる人、この人に会えてよかったと思ってもらえる人です。あなたに会えて本当によかったと思ってもらえるような人生を歩むのが仏教の目標です。私の人生は、山あり谷ありであったが、本当に充実した人生であったと言って、浄土へ生まれさせていただくことこそ、最高の生き方です。
互い、今、間違いなく生きております。しかし、余命があとどのくらいあるかは分りませんが、心の奥底に、本当にしたいこと、しなければいけないことがあると思います。今、生きているということは、仏様が、「あなたには、まだ、やるべきことがあるでしょう、それを、見つけ、しっかりと生きていきなさい」ということなのです。人生の忘れ物をしてはいけません。感謝の気持ちを伝えたり、心のこもった手紙を書いたり、子どもたちや、親と大切な時間を過ごしたり。親孝行をしたい、しかし、そういう大切なことを、いつかやるだろう、いつかやれるだろうと、先送りしてしまっています。

                             誰かのために 
                             何かをするために
                             私は、ここに生きていると思います。
                             私が今、ここにいるのは、偶然ではなく
                             何かをするためなのだと、強く感じます。

                                          By アグネス・チャン

ある方は、どれだけ集めたかではなく、どれだけ与えることが出来たか。
人生の卒業式は、ある日とつぜん、やってくるものかもしれません。
その時に、安心して卒業できますか?
私たちの心には、闇があります、それは、「死後どうなるか分らない心」です。
現在が暗いのは、未来が暗いからであります、皆さんも、明日、心配事があると気持ちは暗くなりますよね。どんなことがあっても、必ず、浄土へ救うという如来様の教えを生きている間にお聞きすることが出来たのは、本当に幸せな方です。現在、不幸なことに、目に見えないものを信じることがなくなってしまった。誰も見ていなければ、許されるという意識では、何もやってもいいんだ。それが、目にみえないものからまもられているのです。目は、見えても、心の目が曇っております。皆さんが今ある幸せは、成功は自分の力で手に入れたものと思っていませんか?しかし、目に見えないものに支えられているのです。見えないご先祖を大切にしてください。そういう方の人生は、必ずや素晴らしいものになります。皆様の幸せを、仏さまは願い続けてくださっております。どんなときでも、人生を楽しんでください。辛いときでも、悲しいときでも、楽しむことを忘れなければ、その苦しみが、かえって自分を成長させ、素晴らしい人生が開けるのです。いつなんどき、この世を卒業しなければならなくなっても、必ずや浄土へ救われるのです。一生、愚痴を言って過ごすのも一生です、感謝の気持ちで過ごすのも一生です、皆さんは、どちらの人生を歩みますか?頑張れよ、私は、いつも、そばにいるよ、と仏様は、私たちを励ましてくださっています。