平成22年度 新盆・お盆法要

平成22年8月15日、16日、当山、法徳寺において新盆、お盆法要が行われました。   
 今年は、猛暑日が続き、当日も暑い中でしたが、たくさんの方に、お参り頂きました。  
また、世話人、壮年会の方々には二日間に渡り、お手伝い頂き、ありがとうございました。







当日の、法話を一部、ご紹介させて頂きます。↓


(↓ 法話)
本日のお盆法要は、何より亡き方がお喜びになるようなお盆とさせていただきたいと思います。
亡き方がお喜びになるお盆とは、立派な法要をすることでも、豪華なお供えをすることでもありません。
仏法では、仏となられた方の喜びを「法楽楽(ほうがくらく)」といいます。
これは、他のものの命の喜びが、自らの命の喜びとなるというものです。
仏となっていつでも私たちのことを心配していてくださるという心強さを私たち自身がいただいて、
安心の中にこの人生を精一杯生き抜いていく、その姿こそが、仏となられた方が、本当にお喜びになることです。

 毎年8月に神奈川県と静岡県、山梨県のお寺が集まって夏休みを利用して子ども会をいたします。
今年も小学生が60人くらい集まりました。昨年のことですが、昼の間はゲームをしたり、夜はキャンプファイヤーをいたしました。
もちろん、一緒にお経をあげたり、一緒に仏様のお話を聞いたりいたしました。
仏様のお話を聞いた後、子どもたちに感想文を書いてもらったのですが、静岡県三島市の小学校5年生の女の子が、こんな作文を書きました。

私にはお父さんとお母さんがいません。おばあちゃんは、お父さんとお母さんは仏様になったと、
いつもいっています。
今日お坊さんが仏様がいつでも見ていてくれるといっていたので、とても嬉しかったです。
これからはお父さんとお母さんが悲しまないように、一生懸命勉強したいと思います。

 私はこの作文を読んで、小学校5年生でありながら、こんなにも素直に仏法をいただいているその子の姿に涙がでました。きっと両親がいないことで、辛いことや悲しい思いもたくさんしてきたことでしょう。ですが、その子は、今まさにご両親からの仏様のはたらきを受け取って、心強さをいただいているのです。もしかすると、これからも寂しい思いをすることもあるかもしれませんが、きっとこの子は、その大きな心強さと安心の中に生きていけるのだろうと思いました。

 今日のお盆のご法要でも、その小学校5年生の女の子がいただいたような心を皆様にもいただいていただきたいのです。仏となっていつでも心配していてくださる方がおられる。私たちが亡きかたを案ずるよりも先に、亡き方が私をいつでも案じていてくださるのです。
そして、亡き方も私も同じ命の帰る世界があるのです。

 皆様は、旅行をされたことがあるかと思いますが、その旅行が楽しい旅行になるための一番の理由とは何だとおもいますか。
やはり、一番の理由は、帰る我が家があるからです。

人生という旅をおくっていくなかでも、自分の命の帰る場所を知らなければ、行くあてもわからず、
帰るところも知らず、ただたださまよいの人生になってしまいます。
そんな、さまよいの人生を私たちに歩んで欲しくないと心配していてくださるのが、阿弥陀如来様で
あり、仏となられた方々なのです。
「いつ終わるか分からない人間の命ではあるけれども、間違いなく同じ命の帰る世界があるのだから、どうか安心していてください」と私たちが願われているのです。
そして、同じ命の帰る世界があるからこそ、必ずまたお会いすることが出来るのです。
浄土真宗の教えは、別れていく教えではありません。必ずまた出会わせていただく教えです。
そんな喜び私たちがいただくことが、本当の意味で亡き方がお喜びになるお盆になるかと思います。

                                   (法話 法徳寺分院 立徳寺 毛利 祥生)